ひびきのさと便り



No.20 歴史を失った日本('02.4.12.)

 この原稿を書き始めたころ、衆議院予算委員会の参考人質疑において、自民党の元幹事長である加藤紘一氏が、しばらく前から取りざたされていた議員辞職の意向を正式に表明しました。加藤氏以外にも、鈴木宗男氏、辻元清美氏、田中真紀子氏等と、「渦中の人」になっている人の名前は、いまではおそらく、子どもに聞いても1人や2人は簡単にあげられるのではないでしょうか。日本の政治の混迷は一体いつまで、どこまで続くのかわからず、このままでは行き着くところ(つまり日本社会の完全崩壊、外国による占領や植民地化など)まで行くのではないかという予測が、ますます現実味を帯びてきたように思えます。
 加藤氏が辞職を明らかにした翌日、あるテレビ番組で、出演していたコメンテーターが「これまでの自民党的なやり方が通用しなくなったということを象徴する出来事だ」というようなことを述べていました。そして、このように自民党政治が崩壊していくのは良いことである、というニュアンスが言外にただよっているように聞こえました。国民の、ほぼ100%に近い人々も、そう思っているのではないでしょうか。
 この人は、コメントで次のようなことにもふれていました。加藤氏は、かつて「政界のプリンス」と異名をとった通り、華々しい経歴の持ち主です。朝日新聞(4月9日付)にあったのですが、39歳・官房副長官、45歳・防衛庁長官、52歳・官房長官、56歳・自民党幹事長、といった具合です。報道による限り、加藤氏自身は、なりふりかまわぬ金集めには気をつけていたようですが、政界においてこれだけのプロフィールとキャリアがあれば、人もお金も集まってくるのが自然の流れです。
 一方、「YKK」「盟友」と言われ、現在、日本の舵取りを担っている小泉首相は、加藤氏のようにエリートコースを邁進してきたわけではありません。派閥の力は圧倒的というわけではなく、キャリアも、実績も、どう較べたところで、加藤氏よりは数段下がると見るのが当然です。しかしながら、かたや(支持率は低下しつつあるとは言え)国政の最高責任者、かたやダーティなイメージを背負って政界を追われていく落伍者です。
 このコメンテーターの言うところでは、加藤氏は世間を、日本を見誤った、というのです。いまは、プロフィールや、キャリアや、実績や、金集めや人集めが、ものを言う時代ではなくなりました。そんなことより、個性的なヘアスタイルや、カラオケでロックを歌うことや、休日にはオペラ鑑賞に行くことの方が、はるかに大衆の人気や支持を集め、結果として権力の座につけることにつながるのです。極端に言うなら、大衆にとっては、政治家としての実績や手腕など、どうでもいいのです。そのことを、加藤氏はついに見抜けなかったというわけです。
 これらの発言自体は、すべてが間違っているわけではありません。しかし大切なのは、なぜそうなるのか、そして、そういう状況になったことにはどのような意味があるのか、などのことについての、深い掘り下げと洞察です。このコメンテーターに限らず、今までの、そして現在の日本で、このような点を正しく指摘できた人を、私は1人も思い浮かべることができません。
 これまでのやり方が通用しなくなったというのは、言い換えれば、伝統や慣習が失われたということです。あるいは、人と人との間から、共通の価値判断や基準、原理原則がなくなったということです。これは、自己・他己双対理論の言葉にすれば「他己」がなくなったという一言にまとめられるのです。
 以前であれば、社会や団体、会社などが危機に直面し、自分たちの代表者やリーダーが窮地に陥った場合、みんなが一致団結し、リーダーをカバーして、盛り立てようとする動きが生じるのがごく普通でした。そこに、「信頼」や「愛情」、それからこういう言葉はもっとも嫌われていますが「忠誠心」などがあったからです。これらはどれも、人間精神の他己を形づくるものです。そのような他己の働きが、「利益(損得)」と「選好(好き嫌い)」という、「自己」の働きを超越したり、抑えたりしていたのです。
 しかし、これも私がこれまで何度も繰りかえし述べて来ましたように、民主主義は、根本的に、他己を失わせ、自己を肥大させる制度です。日本は戦後半世紀以上、この民主主義だけでやってきて、その「毒」がほぼ完全に回っていますので、世界の中でもいちばん、他己萎縮と自己肥大が進んでいます。その結果、人心の荒廃と社会の崩壊において、世界のトップランナーになっており、人々の生活のあらゆる面で「これまでのやり方」が通用しなくなっています。悪いことには、それに代わるべき「新しいやり方」も見出されていませんので、社会や国そのものが、ほぼ完全な機能不全に陥っているのです。 多くの人々が、「新しいやり方」を期待していますが、それはどうあることが望ましいのか、どうあるべきなのかという、根本的な思想が欠落しているため、具体的なプランを組み立てることもできず、目先の損得に振り回されて、右往左往するばかりです。一例をあげれば、たった2年か3年前、当時の森首相が「5年後には、日本を世界一のIT立国にする」とぶち上げましたが、今ではそんな発言があったことすら、覚えている人の方が少ないのではないでしょうか。そして、よく知られていますように、高速インターネットの接続率は、お隣の韓国の方がはるかに上回っているのが現状です。

 小泉政権が発足して1年がたとうとしています。小泉首相は、「これまでのやり方」を「旧弊」として打破し、構造改革によって「新しいやり方」を導入することを叫び続けてきました。その結果として今日の状況があるわけですが、マスコミや識者は、この状態をどう見ているのでしょうか。3月31日付日本経済新聞は、その月の総合雑誌などに載った記事を展望する「経済論壇から」という欄で、「小泉改革で景気回復か」という見出しの論評を載せています(執筆は清家篤・慶応大学教授)。
 記事の冒頭では、次のように述べられています。

 小泉純一郎内閣も発足から1年たち、経済政策についてもそろそろ評価の問われるときになっている。ポイントは「構造改革なくして景気回復なし」という小泉首相のキャッチフレーズをめぐる評価だ。景気は低迷しているから、少なくとも現在までのところこの論理どおりにはなっていない。
 理由は二つ考えられる。ひとつは、そのキャッチフレーズ自体は正しいが、構造改革が不十分なため景気回復に結びつかないということ。もうひとつは、もともと構造改革が景気回復につながるという論理自体が正しくない、ということである。大方の論者の結論は後者である。


 そして、「後者」の立場に基づいた論評としてあげられているのは、経済アナリスト・森永卓郎氏の「犯罪的だったデフレシナリオ」(Voice4月号)、上武大学専任講師・田中秀臣氏の「『構造改革なくして景気回復なし』は正しいか」(経済セミナー4月号)、京都大学教授・佐伯啓思氏の「新たなケインズ主義に向かえ」(中央公論4月号)です。
 さらに、視点は異なるものの、結果的に小泉改革に批判的なものとしては、法政大学教授・竹田茂夫氏の「経済政策論の背景に何があるか」(世界4月号)、日本学士院会員・都留重人氏の「『経済財政白書』に疑問点あり」(エコノミスト3月5日号)、慶応大学教授・榊原英資氏の「小泉骨太改革は破産した」(文藝春秋4月号)があげられています。 以上6本の記事について、その要点が述べられた後、「こうした辛口の評価に対して、小泉内閣の成果を積極的に評価する論者もいる」として、東京大学教授・吉川洋氏の「財政は『中身の入れ替え』に舵をきった」(論座4月号)、慶応大学教授・池尾和人氏の「政府への過大な期待が失望を生む」(論座4月号)の2本が紹介されています。
 最後の、池尾氏による評論は、小泉政権に対する積極的な評価とは言いますものの、本文には次のようにあるそうです。

 まずわれわれは、短期解決願望を捨てるべきである。・・・辛気くさくてつらいかもしれないけれども、もっと時間をかける覚悟が不可欠である。・・・(小泉政権の現状は)財政状況はいうに及ばず、限られた人的資源、時間的な制約といった『ないない尽くし』のなかでは、率直にいってほめられてしかるべき頑張り方だろう。

 これはつまり、もう少し言葉を付け足して読みますと、「小泉政権は厳しい状況の中、何の成果も上げていないけれども、頑張ることだけは頑張っている。まずはそのことだけでもほめてあげよう」ということです。つまり池尾氏は、構造改革の実があがっていることを評価するのではなく、だめでも頑張っていることをほめようではないか、と述べているわけです。
 この、きわめて情緒的な同情論は、どうしたことでしょう。行政は、いや、行政に限らず、あらゆる職業人としての責任ある仕事とは、本来、実際の業績が上がってこそ、それに基づいて正当に評価されるべきものではないでしょうか。それなのに、一国の行方が託されているという、多くの仕事の中でも、格段に重要で影響力が大きい行政に対して、結果はどうあれ、頑張っていることをまずほめようではないかと言うのは、少々度を超した楽天主義、あるいは無責任と考えざるを得ないように思います。
 これは、いまの日本全体が、きわめて安易に、ムードや雰囲気に流されやすくなっていることの、ひとつの現れだと考えられます。別の言い方をしますと、いまの日本には、その時々の、刹那的なムードや雰囲気しかありません。先ほども述べましたように、キャリアも、実績も、お金すらも、まったく魅力が薄れ、影響力をもたなくなって来ているわけです。
 利益と選好のみを追求する民主主義制度が極度に進行した結果、利益と言いましても、自己に閉じた個人個人が満足できるかどうかが利益をはかる尺度になり、客観的な量として計れる豊かさは、どちらでもよくなっています。金持ちであろうとなかろうと、要はその人その人が自己満足できていればいいのです。これは一見しますと無欲なようですが、自己に閉じた価値観に強く執着している点で、実はきわめてエゴイスティックな発想なのです。社会がどうであろうと、人が何を考えようとおかまいなしで、自己という小宇宙の中だけで安楽に暮らすことだけを欲しているのです。
また、あらゆることが好きか嫌いかで判断されます。真か偽か、善か悪かはどちらでも良く、自分の好みに合っているかどうかだけが基準になるのです。小泉首相がどのようなビジョンをもち、どのように政策を実行し、それが日本を適切に導いていけるかどうかは、多くの人にとってどうでもいいことになっています。それより、首相のスタイルや趣味が、国民の好みに合っているかどうかの方が重要なのです。好きな首相がしていることならば、たとえ失政であっても「だめだけど頑張っているなあ」と、ほめてやりたくなるというわけです。
 判断において好き嫌いが優先しますと、逆に、どんなに説得力のあることを言い、政策が成功しても、どこか一点、人々の好みに反するようなことが出ますと、たちまち評判は地に落ちるということになりかねません。小泉首相が田中真紀子氏を外相から更迭した直後、内閣支持率が大きく低下しました。その時点までに首相や田中氏が何をし、何を言ってきたか、それらを国民である自分たちはどう受け止め、どう反応してきたのか、そして田中氏が更迭されることはどのような意味をもち、今後にどう影響するか、ということは、ほとんどの人にとって、大きな関心事ではなかったように思います。それより影響が大きかったのは、「あれほど仲の良かった田中氏をあっさり切るとは、小泉さんは何と冷たい」、あるいは「女性の敵だ」というような情緒的反応であって、それが支持率に影響したと見る方が現実的だと思われるのです。それまで小泉首相を熱狂的に支持してきた自分たち自身の態度を冷静に振り返る態度は、だいたいにおいて欠落しています。利益と選好のみを原理として動く民主主義制度は、本質的にそういう危険性を含んでいるのです。

 さて、3月21日付毎日新聞には、小泉首相の言動そのものに注目した記事が掲載されました。評論家・保阪正康氏によるもので、見出しは次の通りです。

小泉政治の不可視部分/戦時下東條首相との符合

 人目を引く、なかなか刺激的な見出しと言ってよいと思われます。本文からも引用をさせていただきます。

 小泉首相の議会答弁や発言を聞いていると、しばしば太平洋戦争下での東條首相の答弁や発言と似ていることに気づかされる。むろん時代状況が異なっているから、同様の表現を用いているわけではないが、発言の本質はそれほどの差異があるとは思えないのである。・・・開戦直後の「東條人気」は、まさに救国の英雄そのものだった。・・・そのような国民的熱気は杜撰(ずさん)で軽薄な答弁さえ許容するのである。この歴史的教訓は、実は今こそ想起されるべきではないか。
 一体に、小泉政治の特徴は、「実際に見えるもの(可視の部分)」に対して、きわめて鋭敏に反応するが、「見えないもの(不可視の部分)」にはほとんど関心を示さない。この国の旧弊化した政治、経済、行政のシステムを改革することに異存はないとしても、なぜそれが必要か、の「なぜ」という歴史観が説明されていない。スローガンのみがひたすら先行しているのである。・・・
 小泉政治は可視の部分によって成りたつ虚構の政治技術である。それを支える国民の支持率なるものは、実は積年の不可視の部分を見ないという国民の無責任が累積したいびつな形の反映である。・・・そのいきつく先はどこだろうか。人間の五感を刺激するだけの感性ファシズムの国家の到来である。
 東西冷戦が崩壊して十年余、アメリカを始めとして各国は今新たに国家戦略を練り直している。賛否は別にして、各国の指導者は、歴史上の自らの位置づけを明確にし、歴史をどの方向に動かすかとの意思は示しつつある。反して日本はそのような歴史意思が明確でない。小泉政治はやみくもにアメリカに追随するだけでなく、そういう歴史意思を自らの言葉で披瀝(ひれき)することで、東條が今なお問われている「歴史観なき戦争指導」という指導者責任から距離を置くことができるように思えるのだ。
 自民党の先達のひとり、前尾繁三郎・・・は、大衆社会でのスローガン政治は、「予期せざるファシズムの台頭」を招来するものと警告している。小泉首相もまたこの警告に耳を傾けるべきである。

 お読みいただいてわかりますように、「歴史(歴史観、歴史意思など)」という言葉が何回か出てきます。ここで述べられていますのは、日本人は歴史を失っているため、当然そこからなにがしかの教訓を得ることもない、ということです。なぜそのような状況に陥っているのかという理由は、これまでに私が述べてきましたことから明らかだと思います。歴史、あるいは過去といいますのは、それまでに人類が為してきた行為の総体であり、客観化されていく事実です。具体的には、慣習や伝統、制度、法律、もっと大きく言えば文化や文明、あるいは法です。それは、他者との関係で見ますと、他者の期待であり、他者の要請です。それらはつまり、人間精神の他己を構成するものなのです。したがって、歴史や過去は、他己であると言えるのです。
 精神的に健康な人にとっては、どれほど個人的に閉じているように見える行為であっても、それは必ず何かしらの社会性を帯びており(つまりそこには他己が働いており)、客観的な事実として新たに他己を形成していきます。たとえば、たった一人で決まり切った朝食をとったとしても、それは食事という作法や伝統にのっとった仕方で行われます。道路にテーブルを出し、その上に載せたいすに腰掛けて歌をうたいながら食べる、という人はいません。食事以上に個人に閉じた行為である排泄にしても、確立された、他者や社会が期待する一定の手順があります。そして、自分自身がしたことも、それが過去となって客観化されると、他己となっていくのです。
 そして重要なのは、人間はこのような歴史や過去、すなわち習慣や伝統(=他己)に依存し、定位していられるときに、精神的に安定できるということです。これは、人間だけが、他己と、もう一方の自己という、分化した精神をもったことによる、必然的な結果なのです。
 過去(=他己)に定位ができませんと、人間は不安に耐えられず、未来(=自己)に執着します。そして、以前の号でも何回か書きましたように、未来から安心を得ようとすれば、あらゆることが今すぐ、ただちに実現することが必要になります。手っ取り早い方法としては、欲望を満足させることがあげられます。いま、食欲や物欲、金銭欲がどれほど深まっているかは、少し想像してみただけでわかります。先ほど、多くの日本人が「金で動かなくなった」と書きましたが、それは欲望が薄れたことを意味しません。自分の情動を満足させ、安心を得るための執着は、ますます激しくなっていると考えられるのです。 性欲もすごいもので、援助交際など、今ではほとんど話題にすらならなくなりました。これは、援助交際がすたれたことを意味するのではなく、いちいちニュースになどならないほど、日常化、一般化したということです。性欲には、一年でも、一日でも長生きしたいという思いや、自分が死んだ後も子孫の繁栄がずっと続いてほしいという願いなどが含まれます。こうした欲望をくすぐる産業は、かなりの収益をあげていると思います。
 また、人間には、他人に優越したいという欲望もあります。自分自身で他人に勝てない場合には、ひいきのスポーツ選手が相手を打ち負かすのをテレビで観戦して溜飲を下げる、などということが起こります。

 新聞記事の言葉に戻りますと、ファシズムといいますのは、一人ひとりの自己が、組織や国家全体と同じレベルにまで肥大したものです。そして、保阪氏が指摘する「人間の五感を刺激するだけの感性ファシズムの国家の到来」とは、一つの具体化として、上に述べましたような、過去(=他己)の喪失から必然的に引き起こされる未来(=自己)への執着と、日常的に見舞われる不安を、情動や欲望のレベルで刹那的に解消しようとすることを意味するのです。
 したがいまして、保阪氏の言葉を用いますならば、「感性ファシズム」は、これから到来するおそれがあると言うより、もはや日本中に蔓延しているという見方もできるのです。 保阪氏は、評論を、小泉首相は前尾繁三郎の警告に耳を傾けるべきであると結んでいます。しかし、警告を見聞きして、あたま、つまり理性や理屈のレベルで納得しても、それが生かされることはありません。今日の危機的な状況は、肥大した自己が他己を圧倒し、両者の統合がとれなくなっているという、きわめて根本的な問題として発生しているからです。「歴史から学びましょう」と言って、書物やテレビ番組などで勉強しても、いっこうに解決にはならないどころか、それは時として危機をあおることにすらなりかねません。
これはもちろん、政治家だけでなく、あらゆる人々に当てはまることです。

 歴史やファシズムといいますと連想されてくるのが「ナショナリズム」という言葉です。4月4日付朝日新聞の文化面、「思潮21」欄には、神戸大学教授で日本政治外交史が専門の、五百旗頭真(いおきべ・まこと)氏が、「ナショナリズム再考/近代日本史が語る拝外主義の愚」という評論を寄せています。冒頭の文章は、次のようです。

 ナショナリズムを語らねばならない時代が、日本に戻ってきたようである。それも「傷ついたナショナリズム」をどう扱うかが、無視しがたい問題になりつつある。

 戦後の日本において、ナショナリズムは潜在的な問題であり続けたと思いますが、たしかに数年前から、ナショナリズムとそれに関連する出来事が社会の表面に急浮上してきました。太平洋戦争や、日本によるアジア地域の支配などを美化したり、正当化したりする書物がベストセラーになりましたし、それらと共通する編集方針に基づいて作られた歴史教科書をめぐっては、近隣諸国との関係も絡んで議論が沸騰しました。つい先日、来年度から高校で使われる新しい教科書の検定結果が発表されましたが、また同じ問題に火がつきそうな気配もあります。
 小泉首相の靖国神社参拝問題、近海における不審船の出没、北朝鮮による日本人拉致の疑惑等々の出来事が続出し、その際、「タカ派」と言われる政治家や自治体の長から強硬な意見が出て、その発言に喝采を送らんばかりの人々は少なくないように見受けられます。 また、森前首相は、「日本は天皇を中心とした神の国」と言ったことが世論の猛反発を買い、それが引き金となって総理の座から降りたようなかたちになりましたが、森発言に対してそこまで過敏であった大衆が、皇室に女児が誕生したことには熱狂します。昨年12月、読売新聞が、読者から「今年の10大ニュース」を募集した際、皇室の出来事は年末ぎりぎりのことであったにもかかわらず、他のニュースを抑えて「堂々の」1位となりました。
 先ほど、日本人がきわめてムードや雰囲気に流されやすくなっていることを述べましたように、ナショナリズムの問題についても、だれかが火をつけ、それをあおる風が少しでも起これば、その炎はあっという間に国中に燃え広がりそうな、そういう下地が十分にできているように思われるのです。

 五百旗頭氏は、ナショナリズムには「二面性」があるとし、それを次のように説明します。

 ナショナリズムはある民族が偉大な存在になる原動力であるとともに、ひとつ間違えば自他を破壊に導く恐るべき暴発を呼び起こしかねないエネルギーなのである。 

 ここを読みますと、五百旗頭氏は、民族はナショナリズムの高揚によって「偉大な存在」になるべきで(あるいは、なることが望ましく)、氏は日本人ですから、日本民族が偉大な存在になるために、ナショナリズムの一面が活用されなければならない、と考えているように受け取れます。深読みと受け取られるかも知れませんが、そのような発想があるとすれば、それこそが、現代の世界を崩壊に近づける危険な考え方に他ならないと言えるのです。いま、人類が目指していかなければならないのは、特定の民族が偉大な存在になることではなく、あらゆる人が手をたずさえ、支え合い、ゆずり合い、許し合って、仲良く生きていける世界を作ることなのです。
 もう少し先を見ましても、五百旗頭氏が、「ある民族が偉大な存在になる原動力」としてのナショナリズムを積極的に評価して生かし、「自他を破壊に導く恐るべき暴発を呼び起こしかねないエネルギー」という面はうまく制御すべきであると考えていることが読み取れます。

 明治の近代化は、ナショナリズムの内化もしくは制度化の努力であったといっていい。大爆発のエネルギーを、無数の具体的向上のために制御されたエネルギーへと変換し、社会全般の近代化を驚くべき早さで、非西洋社会のうちで初めて成功させたのである。
 ・・・たぐい稀な成功を収めながら、近代日本の情緒は安定せず、国際認識の成熟も遅れた。・・・
 この時代(昭和初期)がどれほどナショナリズムの粗暴性をけしかけ悪用したかは、・・・「鬼畜米英」といったスローガンを想起するだけで分かるであろう。・・・その報いが45年の亡国であり、外部勢力による占領支配であった。
 こうして戦後日本はナショナリズムへの無垢(むく)な感性を失い、軍事と排外主義を捨てた。・・・ナショナリズムを生(なま)な形で語ることは社会的に容認されず、屈折した表現形態をとることになる。・・・石油危機から蘇(よみがえ)った80年代の日本が世界経済の中で銀メダルを手にし、金のアメリカを狼狽(ろうばい)させることがどれほど日本国民の自負心と自信を高めたか、想像できよう。屈折しているように見えても、ナショナリズムは単純率直なものなのである。・・・成熟した国際認識の中で自己を相対化する能力を欠くと、自信と自負は容易に独善と傲慢(ごうまん)へと変容する。・・・
 冷戦終結と共に・・・バブルがはじけた。・・・災いは群れをなして来るというが、90年代がそれであった。・・・不良債権を抱えた日本経済は10年を経てなお沈んだままである。危機と苦境への対応がナショナリズムを伴うのは当然である。しかし今日のそれは、成功して頂点に登りつめた際の誇りが傷つき、その後は試みても試みても再起動しないことへの焦燥から絶望に似た想(おも)いを漂わせた「傷ついたナショナリズム」である。 そうした中、自主自尊の原点を重視せよとの原則論は間違っていない。しかしそれが直ちに反中・反韓・反米の内向きナショナリズムを伴うのはどうしたことか。・・・近代日本の輝かしい事跡を改めて再認識し、具体的な対応を国際的文脈の中で成功させる本道において、健全なナショナリズムを再活性化させる以外に途(みち)はないのである。

 やや長い引用になりましたが、五百旗頭氏の歴史認識や現状認識を理解していただくにはやむを得ませんでした。
 五百旗頭氏の目的意識には、「成功」の二文字が強く根づいているようです。それは、おもには経済的な成功を指していると考えてよいと思います。明治期の日本は、「非西洋社会のうちで初めて」、「驚くべき早さで」、「たぐい稀な成功を」収めることができたと、五百旗頭氏は言います。そしてその秘訣は、(上記以外の箇所からの引用ですが)「ナショナリズムが暴走せぬよう飼い馴(な)らす」ための「たいそうな努力と工夫」にあったとしています。具体的には、国力の増強が急務であった明治前半期には対外戦争を回避し、日清・日露の戦争遂行と戦後処理に際しては、陸奥宗光や小村寿太郎といった「冷徹な外交戦略家に指揮をとらせた」ことであった、と述べられています。
 五百旗頭氏は、明言はしていませんが、このような明治時代の国策や外交政策を手本にして、現代に「ナショナリズムへの無垢な感性」「健全なナショナリズム」を復活させ、国際社会において日本が再び主導権を握れるようにすべきである、と考えているようです。
 しかしながら、例えば「健全」という言葉ひとつをとってみましても、何が健全であり何が不健全なのか、その判断基準はいったいどこにあるのでしょうか。五百旗頭氏の文章を読みますと、明治時代のナショナリズムは健全性を維持できていたけれども、昭和に入って「軍部の進撃」が始まると、健全性が失われて「粗暴性」があらわになったと言わんとしているように受け取れます。しかし、その粗暴性というものにしても、もともとナショナリズムに含まれていた性質が目立つようになっただけで、ナショナリズムの性質そのものが変化したわけではありません(五百旗頭氏自身も、ナショナリズムには二面性があると指摘しているとおりです)。そうしますと、それが健全であるかどうかは、その時々の風潮や世論によってどのようにも変わり得る、相対的で不安定で流動的、違った言い方にすればきわめていいかげんな判断基準に過ぎないわけです。五百旗頭氏が、「これこそが健全なナショナリズムだ」と、見本を示してみせても、それが気に入らない人にとって、それを認めなければならない義務はどこにもありません。それが、民主主義制度では、たとえば憲法第19条の「思想と良心の自由」として保障されているのです。

 五百旗頭氏も、そうした点を考慮に入れようとはしているようです。たとえば、引用にあります、次の部分です。「成熟した国際認識の中で自己を相対化する能力を欠くと、自信と自負は容易に独善と傲慢(ごうまん)へと変容する」。 
 この文では、「自信と自負」は、当然「善いこと」として述べられているようなニュアンスがあり、そのこと自体がすでに問題を含んでいると思うのですが、ここではとりあえずそのことをおいておくとしまして、「自己を相対化する能力」とは何なのか、そして、それが身に付いていれば、「自信と自負」が「独善と傲慢」に変容してしまう危険を避けることができるのか、ということを先に考えたいと思います。
 いまの世界に、本当の意味で、自分自身や自国を相対的な存在であると自覚できている国民や国家があるでしょうか。現実には、見当たらないと思います。かえって、自分こそは絶対だと考えて、相手を相対なものとして見下す風潮があり、そのことが次々に新たな独善と傲慢とを生み出していると言えます。民主主義が世界に広まっており、その看板になっている、「民が主である」という考え方は、結局、自分(自分たち)こそが絶対で、最高なのだという考え方に他ならないからです。
 この具体例はいくらでもあげられますが、現在、世界的に非常な関心を集め、危機感が高まっている問題が、イスラエルとパレスチナの衝突です。両者の言い分や行動はまったくの平行線で、接点は見いだせません。お互いにしてみれば、今回の自爆テロや軍事行動は、相手の悪に対する自衛や報復であり、それは現代の国際社会において当然認められるべき、正当な権利なのです。
 民主主義の中には、この衝突を終わらせることのできる思想的な原理は存在していません。民主主義の考え方によっている限り、自分の絶対化と他人の相対化が、むしろ争いをあおるものになっているのです。平たく言えば、「オマエのやっていることをオレがやって、どこが悪い?」というわけです。それぞれにとっては、自分たち以外に、あるいは自分たちを超えたところに、正義も倫理も規範もなく、自分たちこそが絶対であると位置づけて、「絶対」と「絶対」同士が、相対的な争いをくり返すという状態になっているのです。
 イスラエルとパレスチナは、まさに血で血を洗う抗争を繰り広げていますが、実際に殺し合いや傷つけ合いに至らなくても、自由競争や市場主義経済、グローバリゼーションにおいて、同じような争いは起こっており、そこから逃れることのできている国はありません。
 これまでも指摘してきましたように、日本は各国の中でも、信仰と宗教を喪失したことにおいて、まさにトップランナーになっていますが、それは程度の差こそあれ、全世界的に広がっている傾向だと言えます。それはつまり、人間のはからいを超えた、普遍的で絶対的な規範が失われつつある、ということです。民主主義の「おかげ」で、一人ひとりがみんな偉く、みんなが正しく、みんなが絶対的な存在になっているのです。この状態が独善と傲慢を生むのは、当たり前といえば当たり前のことです。
 五百旗頭氏のように、「自己を相対化する」、つまり、「自信や自負」を相対化すればよい、そうすればそれらが「独善と傲慢へと変容する」ことは避けられるのだと言いましても、実際は決してそうなりません。自信は「自分を信じること」、あるいは「自分しか信じないこと」であり、自負は「自分に負っている(自分にしか負っていない)こと」です。どちらも、きわめて強く自己に閉じた心の働きであり、それを「相対化せよ」ということ自体が、そもそも矛盾しているのです。

 人間は、自信や自負という、自己の働きによってのみ存在し、生きているのではありません。同時に、他者に支えられ、他者に心を開き、他者を受け入れているからこそ、生きていられるのです。このことが、哲学の用語で言うならば、自己と他己の「弁証法的統合」なのであり、自己・他己双対理論の根本になっているのです。
 人間は他者によって「生かされて生きている」存在であるということを具体的に捉えるためには、たとえば生まれてくること、生まれて間もなくの頃のことを思い起こしていただければと思います。そもそも、自分の意志で、この世に存在しようと考えて生まれてきた人は、1人としていません。両親がいて、はじめて自分の存在があり得るのであって、しかも、どんな親のもとに、どこの地域や国で、いつの時代に生まれてくるかなど、自分で決められることは何一つとしてないのです。両親にしても、そのまた親がいなければこの世に存在できなかったわけです。
 また、生まれてからも、親を始めとして、周囲の大人たちの手厚い世話と保護がなければ、生きていることはできません。空腹や不快などを泣いて訴え、おっぱいが与えられれば自分の力で吸い付くという、自己の働きも備わっていますが、世話がされずに放っておかれたら、衰弱して死んでいくしかありません。さらに付け加えますと、「オオカミに育てられた少女」の例がありますように、人間は、人間に育てられたときにだけ、人間として成長していくことができるのです。
 いまは、民主主義という自己追求・自己拡張の思想が徹底し、教育やしつけもそれに沿って行われているため、他者のおかげで自分が生きていられるなどという考え方は、精神的に弱く、自立できていない証拠と見なされて、むしろ積極的に捨て去るべきであると思われています。先ほどの繰り返しになりますが、こうした自己の肥大が、必然的な結果として、独善と傲慢を生み、それがいまや日本中、世界中に蔓延しているのです。そして、そのことを原因とする、数多くの深刻な問題が、人類や地球を脅かしています。
 現代では、多くの人が、民主主義を、当然のようにすばらしい思想と思っています。
多少は冷静な人も、最高ではないにしても、次善の策であると考えています。他己を萎縮させていくという、人間の根本的な存在にあり方にとって、決定的な欠陥を内包した制度であると考えている人は、ほとんど、否、まったく見当たりません。
 現代の社会問題は、そのほとんどが、民主主義によって生み出された、いわば「身から出たさび」であるのに、多くの人は、自分以外に原因や問題を見つけようとしています。何でも、人のせいにするのです。自信や自負を深め、「自分だけが絶対に正しいのだ」と考えるのが民主主義思想の特徴ですから、このことも、当然と言えば当然です。

 五百旗頭氏は、「近代日本の輝かしい事跡を改めて再認識し」と述べて、明治以降、百年以上にわたって続いてきた、日本の経済発展に対し、もっと自信と自負を深めようと呼びかけているようですが、そのような考え方では、現代において、ますます危機と混迷を深めることにしかならないと言えます。
 いま、あらゆる国家や人々に、緊急に求められていますのは、自己への執着を捨て、他者に心を開いて、他者と和していくことです。「自信と自負」に対応させて言うならば、「他信と他負」が必要ということです。いま、多くの人が気づいていませんが、それこそが、人間の根本的な存在様式なのです。そして、「他信と他負」を取り戻すためには、究極的には、宗教と信仰を回復させる以外に道はありません。
 いまからおよそ1,500年も前、聖徳太子は、有名な「十七条の憲法」の第十条で、次のように説いています。

 十に曰く、こころのいかり(忿)を絶ち、おもてのいかり(瞋)を棄てて、人の違うことを怒らざれ。人みな心あり、心おのおの執るところあり。かれ是なれば、われは非とす。われかならずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫のみ。是非の理、誰かよく定むべけんや。あいともに賢愚なること、鐶(みみがね)の端なきがごとし。ここをもって、かの人は瞋(いか)るといえども、かえってわが失(あやまち)を恐れよ。われひとり得たりといえども、衆にしたがって同じく挙(おこな)え。

 おおよその意味はご理解いただけると思いますので、現代語訳は省略させていただきます。大切なのは、私も凡夫なら、あなたも凡夫なのであり、絶対に正しいということは、どちらにも当てはまらない、と言われていることです。ちなみに、凡夫という言葉を広辞苑で引きますと、その@には、「煩悩に束縛されて迷っている人」とあります。
 自分は聖なる存在でもなければ、真理を知ったわけでも、絶対的な境地に達したわけではなく、また一方、他人だけが愚かな存在なのでなければ、エゴイスティックなのでも、傲慢なのでもない、私も彼も、どちらもが「煩悩に束縛されて迷っている」、愚かな存在、「凡愚」に過ぎないのだ、という教えです。
 だれもが自由で、権利をもち、かしこくて、そういう人たちが集まって知恵を出し合うならば、必ず真理に到達することができると考える民主主義は、これとは正反対の思想です。民主主義の世の中において、私もあなたも凡愚に過ぎないのだから、互いにゆずり合って、仲良く生きていきましょうという態度を保つのは、たいへん難しいと言いますか、はっきり言ってほとんど不可能なことです。
 本来、ごく普通の、健康な精神状態にある人なら、自分自身を少しまじめに振り返ってみれば、自分がどれほど不完全な存在であるか、いかに完全なあり方から隔たった人間であるか、すぐに気づくことができるはずです。ところが、民主主義の世の中は、そのような内省や内観をきわめて軽んじ、欠点や弱点すら、自己を拡張するための「個性」と考え、武器として利用せよと教えます。人間は相対な存在ですから、つねに周囲に依存し、周囲の影響を受けながら生きています。ですから、民主主義の風潮の中で、自分は凡愚に過ぎないと、腹の底から実感するというのは、無理なことなのです。
 仏教では、自分が愚かであることを気づかないことこそが、実はもっとも愚かしいことであると説いています。これこそ普遍的な真理なのですが、民主主義の社会では、こうした教えに耳を傾ける人はいません。煩悩に束縛され、無明(むみょう)の闇の中にありながら、自分が闇の中にいるとは気付けないのです。そして、本当は、信仰という灯りが存在しているのに、その灯りを求めようともせず、気付こうともしません。自分こそが灯りであると思い込んで、闇の中をさまよい続けることになってしまいます。
 闇の中を手探りで、あてずっぽうに、めちゃくちゃな歩き方をしているのですから、他人に突き当たったり、道を踏み外したり、つまずいて転んだりします。灯りもなしにウロウロする方が悪いのですが、本人はきちんと道が見えているつもりですから、衝突や失敗を他人のせいにします。自分は決して反省しません。こんなことで、社会が平和になり、お互いが仲良く暮らしていくことなど、できるはずがないのです。いま、日本や世界で起こっている出来事や事件は、そのほとんどがこのたとえに当てはまると思います。
 聖徳太子は、はるか古代、すでにこのことを見通しており、お互いが凡愚に過ぎない人間は、ゆずり合い、許し合うという「和」の精神をこそ、大切にしなければならないと教えたのです。そして、凡愚を超えた絶対的な規範、無明の闇を照らす灯りを、仏が示しているのであり、それに従うことが必要である、と説きました。
 これは、「人間の相対性の自覚」(仏教学者・中村元氏の言葉)の大切さを教えたものです。人間はあくまで相対的な存在であり、それゆえに、人間を超越した絶対的真理(仏の教え)に従わなければならないとしている点で、現代世界にはびこっている、自分こそが絶対であると思い込んで、実は相対地獄に陥っており、しかもそのことに気づかないという傲慢さとは、正反対の思想です。

 現代の危機を乗り越える道は、すでに1,500年前、さらにさかのぼれば2,000年前、もっとそれ以前までたどることのできる、釈尊・キリスト・老子・ソクラテス(四聖)の教えとして示されているのです。いま、日本中、いや、世界中の人々が還(かえ)るべきなのは、そこで説かれている、絶対的な真理の世界です。その境地を信じて、一人ひとりが精神修養に励むことなのです。明治のような、相対主義におぼれていた時代に範を求めようとするのでは、混乱がますます深まるばかりです。

 ここで、明治政府が決定的に道を誤っていた点について、付け足しておきたいと思います。江戸時代まで、長い間にわたり、日本人の精神的支柱となってきたのは主として仏教であり、その他には神道や儒教、道教などがありました。明治維新後、鎖国を解いて欧米列強の様子を見てみますと、そこには、驚くべき近代化が展開していました。それを強力に支えていたのは、キリスト教という一神教と、その具体的な教えである「隣人愛」、「勤勉・節約・まじめ・質素などの禁欲的倫理」です。それらを思想的背景として、人々がエネルギッシュに働いていたのです。
 海外を視察した明治政府の指導者たちは、列強による植民地支配を防ぎ、そうした国々に追いつき、あるいは追い越すために、日本も同様の思想をもたなければならないと考えました。そのために利用されたのが、「古神道を復古する思想」です。唯一絶対なキリスト教の神にならって、万世一系の天皇を現人神(あらひとがみ)とし、キリスト教思想と、質素・勤勉などにおいて共通性のある儒教を、倫理、道徳的な支えとしたのです。
 このようなことを政策として実行するために、仏教と神道が「神仏習合」となっていたのを改める必要があり、明治4年に「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)令」を出して、仏教の弾圧に乗り出しました。こうして、葬式のためだけの仏教が残ることとなり、1,500年にわたって、日本人の大切な精神的バックボーンとなってきた仏教は、公式的には日本人の思想から消されていったのです。
 明治政府は復古神道のもと、「富国強兵・殖産興業」をスローガンに掲げて、軍事と経済の拡張に突き進みました。つまり、人々の心の支えであるべき宗教を、軍事大国化・経済大国化のためだけに利用したのです。その結末が、太平洋戦争での敗戦と、国家の壊滅であったわけです。そして、その上さらに、戦後の日本は宗教という宗教を、いっさい、徹底的に否定して今日に至っています。他己を失い、経済発展だけを近視眼的に追い求めて来たのです。
 いまの日本は、お金だけはたっぷりある金満国家になりましたが(しかし、その地位も危うくなってきています)、反面、社会の崩壊と人心の荒廃は、世界一の早さで進行しています。その、強力な遠因の一つとして、明治政府が宗教を国策に利用したことが考えられるのです。自己への執着を捨て、他者に心を開いて、他者と共に、他者のために生きることを教えるのが宗教なのですが、明治政府はその教えを、自己を肥大させ、自己を拡張させるものとして、ひっくり返して利用したのです。
 こうした根本的な過ちを見ずに、明治以降の軍事・経済大国化を「輝かしい事跡」と礼讃するのは、非常に危うい考え方だと思います。

 歴史を取り戻し、歴史に学ぶということは、単に知識を集めたり、都合のいい事実を現代に当てはめたりすることではありません。過去が他己を、未来が自己をなしており、その統合として現在があるという、人間精神のあり方として時間や歴史をとらえ、人間としての生き方やあり方をつねに問い直していくことであると言えるのです。そうした姿勢を支えるのが、信仰なのです。



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