発問・指示を駆使して我流の授業から脱却せよ。
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一、有効な「発問・指示」をせよ 我流の授業の特徴は、教師が、発問・指示・説明の区別を意識していないことが、まず挙げられる。 例えば、社会科の資料集を開けさせて、「この写真は、何をしている所かな。漁師さんが、魚を捕っているところだな。その隣の写真は、漁に使う道具だね。どんな感じがするかな。」 我流の授業は、このように、のんべんだらりとした教師のおしゃべり中心で授業が、進むのである。 十数年前、法則化シリーズの追試をして、私は、発問、指示、説明を区別して、短く限定することを学んだ。 私は、法則化シリーズの追試をするうちに、事前の教材研究では、必ず発問や指示をノートに記すようになった。向山洋一先生は、「発問は、何度言っても揺れてはならない。」と言われるが、あらかじめ選び抜いた言葉で発問をノートに書いておくと、揺れないのである。 先の場面なら、写真を一枚限定して見せて、
と指示すべきである。 五分たったら、指名なしで立って発表させる。まず、机を向かい合わせにさせる。その後、
と指示する。子ども達は、お互いの意見を聞きながら、内部情報が蓄積できる。そして、子ども達からでてきた、「分からないなと思ったこと」だけ抽出し、授業に載せて展開していけばよいのだ。
こうした、授業のある場面で起立をさせるだけで、我流のだらりとした授業から脱却できるのだ。 二、一問一答は、厳に慎む まだまだ、日本中の教室に蔓延しているのが、「一問一答」である。 分かりきったことを教師が発問し、「ハイ、ハイ」と子ども達が挙手する「じゃあ、A君。」当たらなかった子が、「ア〜ア」とため息をつく。そして、当たった子が答える「ハイ、○○です。」すると、子ども全員で、「よろしい。」と言う。こんな光景である。 私は、こういう超我流な授業を毎日くり返していても、何ともない教師の神経を疑いたくなる。 私は、法則化から学んだ次のような方法を常に組み合わせて駆使している。 発問をした後、ノートに答えを書かせる。そして
と指示し、次に指名する。「ハイ、○○君。どうぞ。」この後、
と指示するのである。残って起立している子は、異なる意見を持っていることが一目瞭然なので能率的である。
と指示しテンポよくどんどんノートを見る。そして、異なる意見を判別し、こどもに板書させるのである。 向山先生は、教室に列を作らないことが、極めて重要であると言われる。 向山先生は、「子どもは、教師の説明より子どもの説明の方をよく聞く。」と言われる。 授業でも、
と指示して、説明も子どもにさせる訓練を積んでおくと子ども達の集中度は、高まる。 我流の「一問一答」から抜け出すには、列指名も活用したい。
と指示する。列指名は、たくさんの列にさせる必要はない。向山先生は、二列程度でだいたいの意見が出るといわれているが、全くそのとおりである。列指名をたくさんさせると、授業がダレルので気をつけたい。 算数の計算過程を確認するときには、
と指示し、テンポよくどんどん進めるのも効果的である。起立させるとテンポがおちるのである。向山学級でも、すわったままだったと記憶している。 |