試験管の干し方は

-上昇気流の成因についての一考察-

天気の話をするときに、「湿った空気」というといかにも重い感じがします。また、空気が湿っている度合いを表現するときは「1立方メートルあたり20gの水分を含んでいる」といういい方をするので、ますます重いんだなという印象を強めます。
しかし、空気の成分は窒素と酸素で、平均の分子量は28.8ぐらいであるのに対して、水蒸気の分子量は18です。ひょっとしたら湿った空気は同じ温度の乾いた空気より間違いなく軽いのではないでしょうか。さらにひょっとすると、上昇気流を作る成因の一つは水蒸気の存在そのものではないでしょうか?

私が学生の頃、おやつが食べたくなれば自分のゼミでない研究室に行って(私の先生は厳格な人でしたから)アルミのなべでラーメンを作って食べてはひねもすたむろしていたのですが、オアシスであったその研究室の先生の専門が「微細気象学」といって、一つの都市ぐらいを単位とした気象現象を研究するものでした。

先生が特に注目していたのはヒートアイランドといって、大気の安定している夜などに、都市の真ん中だけが数度気温が高くなり、見えないきのこ雲のようにゆっくりと上昇気流が発生する現象でした。どうやらこれは人間の活動によって発生する熱や、コンクリートやアスファルトが多い都市の特性によるものらしいのですが、これが大都市で真夏になると積乱雲を作り出し土砂降りの雨になることもあるそうです。

ラーメン鍋の縁で私も微細気象学の単位を取ることになったのですが、私の知る限り冒頭に述べたようなことは教科書に載っていなかったので、全く目新しい学説なのかもしれません。あるいは常識過ぎて論ずるに足らない問題なのかもしれません。もしかして気象学の常識を覆すことではないかと思って以下に考察してみます。

まず、空気の組成については仮に窒素80%、酸素20%とします。
窒素は分子量28、酸素は分子量32ですから平均の分子量は

(28*0.8)+(32*0.2)=28.8

と求められます。

これが1立方メートルあると何グラムになるかというと、気温0℃の場合

1000*28.8/22.4=1285.71g

何と1.3kg近くあります。これが20℃(絶対温度293K)だと

(1000*28.8/22.4)*273/293=1197.95g

になります。

1立方メートルの空気が含むことのできる水蒸気は0℃ではほとんどゼロですが、20℃ぐらいになると20gあまりの水蒸気を含むことが出来ます。そのときの湿った空気の重さは1立方メートルあたり1197.95+20=1217.95gになるのではなくて、もとの空気より軽い水蒸気が体積を占める分だけ軽くなるはずです。

ここからの計算は私もきちんとしたことがないのでそれが気象に影響を与えるほど大きいものか自信はありませんでしたが、新学説をうちたてるにあたっては一度やってみなければなりません。

20gの水蒸気が20℃の大気の中で占める体積はいくらでしょうか。
頼りになる式はpV=nRT=m/MRT(気体の状態方程式)です。
わかっている数値はp(気圧)=1、V(体積)不明、m(重量)=20、M(水の分子量)=18、R(気体定数)=0.082、T(絶対温度)=293です。これをVについて解きます。

V=20/18*0.082*293=26.7(リットル)

1000リットルの湿った空気のうち、26.7リットルが水蒸気、あと973.3リットルが空気となりました。

平均の分子量を計算してみると

(18*26.7+28.8*973.3)/1000=28.51となりました。

28.51/28.8=0.9899
ですから、20gの水蒸気を含む空気は同じ温度の乾いた空気よりまるまる1%も軽いことがわかりました。これは3℃温度が高い効果

293/296=0.9899

に匹敵します。

30℃の空気は40g以上の水蒸気を含むことが出来ますから、その効果も倍の6℃の温度差に匹敵するということになります。

これが何を意味するかというと、従来の気象学の説明で、「前線とは冷たい空気の上に暖かい湿った空気が乗り上げることにより上昇気流が起き、雲が出来て雨が降る現象である」という説明が、温度差の理屈抜きに「湿った空気と乾いた空気が接することにより、自然に湿った空気が上昇を始めて、雲が出来て雨が降る」という説明もできるということになります。実際、梅雨前線の生成などは偏西風の気流と直角に近い角度で起こることですからむしろこの説に従って考えた方が自然なようです。

あるいは、近未来に「2020年8月25日、気象庁降水調整局から市民の皆様にお願いです。本日渇水のおそれがあるA市に雨をもたらすため、B市の皆さんは午後3時ちょうどに自宅の前にそれぞれバケツ一杯の水を撒いてください。」というお願いのもとにみんなが水をまけば、ムクムクと積乱雲が巻き起こって、期待する場所に撒いた以上の雨を受け取ることができるといった実用的な利用(撒いた場所に雨が降るというわけではありません)も考えられるかも知れません。
むろん、気象学の世界ではさまざまな要因がからみあっていますから、水を撒くと気化熱を奪うためにむしろ気温が下がって上昇気流の生成を妨げるという場合もあるかもしれません。しかし、ヒートアイランドのような、微細でゆっくりした現象を説明する要素に、蒸散作用を持つ植物や、水道を引き、水蒸気を吐き出し、さまざまな水蒸気源を持つ人間を考慮する必要はあるのではないでしょうか。

この新(珍)説は、私が学生の頃、試験管を伏せて干すときに、上部になる底のほうに一度蒸発した水蒸気が凝結して水滴が集まってしまい、なかなか乾かないのを見て思いついたわけですが、その頃は電卓すら持っていないグータラ学生だったので、自分で数値的な検証もせずに微細気象学の先生にこう問いかけてみたのです。

「水蒸気は空気より軽いわけだから、たとえば試験管を干すときに、伏せておくよりも上向きに干したほうが乾くのが早いのではないでしょうか。」
微細気象学の権威は、私の深い洞察には気付かずに即答なされました。
「君の言うことはもっともだが、埃がつもるから伏せて干すのではないかね?」


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