にわか物理学者の安眠

-テレビは消して寝ろ!-

私は学生時代、家賃月額14000円也の小屋に住んでいました。
学生部掲示板にはたしか「離れ」と書いてあったので、農家の離れ座敷のような閑静なたたずまいを連想して行ってみたのですが、実情は人間が2人眠れる畜舎小屋にすぎませんでした。四畳半が2つ並んでいて、私はその右側です。隣の人は私の入学当時4回生でしたが、もの静かな、互いに迷惑をかけない隣人でした。

私は学生時代を通じて自分のテレビは持っていませんでしたが、隣にはテレビがありました。
そしてある夜、事件は起きたのです。
深夜2時ごろ、私は真っ暗闇の中で目を覚ましました。
部屋の中が「ピーーーーーーーーーー」という高い音で一杯になっています。
隣の人がテレビを見ながら寝入ってしまい、放送終了とともに試験電波の「ピー」が鳴り始めた様子です。
当時特にレジャーを持たない私は早くから眠っていましたが、隣人は遅くまでテレビを見て疲れ果てて眠っているのですから起きる気配はありません。それに引き換え、早くから眠っていた私は布団をかぶっても、音に背を向けても目がさえてしまって、否応なく「ピーーーーーーーーーー」を聞きつづけるはめになりました。
このー。持てるものの優越とはこのことか。(ちょっと違う)

展転反側して転がりまわっていると、そのうち、姿勢によって音が小さくなる場所があることに気付きました。部屋に満ちあふれている「ピーーーーーーーーーー」に、薄いところがあるようです。
音の薄いところはどこか、真っ暗闇の中で頭を振ってみると「ピーーーーーーーーー」のところと「ピーーーーーーー」の所が規則正しく並んでいるようです。
そこで、私はにわか物理学者になって考えました。

この「ピーーーーーーーーーー」は試験電波だから周波数はきりのよい1kHzにちがいない。
音速は詳しくはわからないけれども340m/sだろう。
従って波長は・・・・

λ=v/f=340/1000=0.34m

「ピーーーーーーーーー」の音が反対側の壁に当たって反射した場合、もとの波と干渉して定在波が出来ます。波長34cmの半分の間隔で音が強め合うところと弱め合うところが出来るわけです。
34cmの半分といえば17cm、耳と耳の間隔にほぼ一致します。

計算ができた私はその位置に枕を据え直し、ぐっと小さくなった「ピーーーーーーーーー」に満足して眠りに落ちたのでした。


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