裸で手ぶらの距離測定(前編)

-風呂場の共鳴周波数-


この半年ほど、私の頭から離れない問題があります。
風呂場で湯船の角に浸かって鼻歌を歌うと、特定の音程に共鳴が起こります。
初めは共鳴を起こす音の高さを探り当てるだけで満足していたのですが、ひょっとして音階が特定できたら風呂場の大きさを測定することが出来るのかも知れないと思い始めました。
しかし、私には絶対音感はありません。パソコンを持ち込んでサウンドカードから音を出してみるのもためらわれます。コンベックスを持ち込んで直接長さを測るのも芸がありません。
そうしてこの半年、残業から帰って午後11時頃の風呂で、毎夜鼻歌の音階を奏でながら裸のままで考え続けているのです。

一番共鳴の起こりやすい場所は風呂場の角です。きっと角で2回反射を重ねるために反射波の経路の長さがそろうためでしょう。風呂場の中央ではほとんど共鳴らしいことは起こりません。
3つの面が集まる角では一層共鳴が顕著ですが、そのとき幾何学的にどういう経路で音が反射しているのかは今ひとつ理解出来ません。
この種の共鳴は、踊り場のある階段などで時々出くわしますが、よく考えると共鳴の両端に直角の角があることが共通しています。
私はそういうところでは一通り共鳴周波数を探して楽しむのですが、人が来ると何食わぬ顔で立ち去らなければならない孤独な趣味です。

共鳴周波数は2つの要素によって決まります。
まず、音速、これは空気の密度と気温の影響を受けます。(以前指摘したように、きっと湿度の影響も受けます。)
それから部屋の大きさ、きっと向かい合う角と角の距離になるでしょう。これは空気柱の長さになります。
ただ、部屋の長さ一杯の共鳴周波数は100Hzから200Hzの間ぐらいになるでしょうから、鼻歌で探り当てた周波数はその何倍かになるはずです。
これらのどれかの要素を特定できたら、他の要素が自ずと明らかになるわけです。
たとえば、部屋の大きさと共鳴周波数をを正確に測定すれば、空気の密度や気温を特定出来ます。 気温を決めておいて共鳴周波数の音階を調べれば部屋の大きさは調べられます。
同じように部屋の大きさを決めれば鼻歌の音程はわかるわけです。

ところが、子供を洗ってやったり、残業から帰って深夜に風呂に入ったりしていては、そんな測定は望むべくもありません。意地でも裸で手ぶらのままで測定を成し遂げるぞと毎夜鼻歌を歌っているのです。

すると2ヶ月ほど前からあることに気づき始めました。
共鳴は複数の音程で起こります。鼻歌で出せる一番低い音を仮の「ド」としておいて、レミファソラシドと上へ追っていくと、共鳴する音としない音があります。
毎夜仮の「ド」が変わってしまうので次の夜になると共鳴の起こる音符は変わってしまいます。
その仮の「ド」が変わらないように夜な夜な鼻歌の訓練をします。

また、共鳴も弱い共鳴と強い共鳴があるようで、見つけにくい共鳴は前後半音ほどの幅で音を揺すって共鳴の有無を探します。見落とした共鳴がないかド〜ドをポルタメントで探ったりもします。
それを夜中の11時過ぎに聞くとそれはそれは不気味なうめきに聞こえるみたいですね。田舎でよかったと思います。都会で同じことをやると何か問題を起こすかも知れません。

厳しい努力の末、仮のドを決めたところで、共鳴の起こる音程は「ド」「ミ」「ラ」が強く、「ファ」「シ」が弱く、「レ」と「ソ」は共鳴しないという結果を得ました。
このことと、鼻歌で出せる音域が限られているということを考えあわせれば部屋の大きさや、共鳴の周波数の条件を狭めていってかなりいいところまで特定出来るのではないかと思うのです。

わかっていることは

なんだ、測定しなくてもだいたいわかっているじゃないかと思われるかも知れませんが、直接測れば一発で話が終わってしまうので、それ以外の方法を積み重ねるのみです。
うまくいくと通りがかりの階段や廊下の長さが鼻歌で測れるようになるかも知れません。

さて、「ド」の音で共鳴が起こって「ソ」の音で共鳴が起こらないということは、どういうことでしょう。「ソ」は「ド」の1.5倍の周波数を持つものです。きっと「ド」の共鳴が奇数個の節を持っているのでしょう。
どの音でも共鳴するんならその音もたいてい共鳴すると思うのですが。
それでは、他の音は「ド」とどんな関係の周波数になっているのでしょうか。
きっと数学的・物理的に美しい体系になっているような気がします。
以前ピアノでよくやった遊びに低めの「C」をたたいて置いて、その音にオクターブ上のC(2倍)、次のG(3倍)、も一つ上のC(4倍)、それから次はE(5倍)、G(6倍)と音を重ねていって響きを楽しんだものです。

私は風呂上がりの濡れた頭のままでベッドに入ってピアノの鍵盤を思い浮かべました。
きっと「ソ」は下の「ド」から始めて上の「ド」までのちょうど中間にあるのでしょう。あれ?
「ソ」は下の「ド」から始めて7つ目、上の「ド」からだと5つ目にあります。

それはおかしい!私はベッドからそっと起き出して、音階の何たるかを勉強し直すはめになったのでした。(この話は続きます。が、結末はまだ考えていません。)


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