へにゃへにゃ卵の逆襲

-私にも何だかわかりませぬ-


お隣の奥さんが、時々分けて下さる不思議な卵があります。

どうやら鶏の卵に間違いはないようなのですが、殻がなくて薄皮に包まれただけの卵です。
ゆで卵の殻をむいたときに、内側にくっついているあの薄皮です。
殻はというと、薄皮の表面にザラザラした粉のようにくっついているだけで、硬さは全くありません。
割ってみる、というとパチンとまな板などに打ち付けるような連想がありますが、この卵を割るには側面のどこかをつまんでそっとちぎってやるしかありません。
ちぎってやったら、普通の卵の黄身と白身が出てきて、へにゃへにゃの薄皮だけが残ります。

いったいこれは何なのでしょう?

隣の奥さんは、この卵を非常に安価に入手しているようなので、卵の生産過程の失敗作なのだろうとは思いますが、今までに見たことも聞いたこともない卵です。

津山では街角に生産者直営の卵自動販売機がいくつかあって、失敗作のうち小さすぎる卵と、大きすぎる卵は買うことが出来ます。大きすぎる卵の中には、黄身が2つ以上入っていることがあって、1個で2つ目玉の目玉焼きが出来るものだから「目が出る」と「芽が出る」をかけて、縁起が良いものとされています。

それから、アイガモの卵ももらったことがありますが、大きさや形は鶏卵と同じでありながら、薄い緑色や茶色をしていて、殻にしなやかさがあるのが特徴です。何だか異世界の卵のような気がして家族には嫌われていましたが、割ってみると健康そうなオレンジ色の黄身で、鶏卵と全く同じように食べることが出来ました。

今度の卵は、鶏卵であって鶏卵でない、まさしく異世界からやってきた卵なので、我が家にひと騒動巻き起こしてしまいました。

このへにゃへにゃ卵も、いったん殻(皮)を割ってしまったら、他の卵とほとんど変わりがありません。うちの奥さんはアンモニア臭がいくらかする(硫化水素?)と言いますが、私にはわかりません。
これを時々15〜20個ばかり一度に貰うと、「卵はコレステロールが多いので一人1日1個まで」という我が家の掟のため、なかなか消費が追いつきません。
ついつい10日ほども置いていると、卵は勝手に消耗してしまい、いっそうへにゃへにゃになるのです。

いえ、見かけはへにゃへにゃなのですが、さわってみると表面は堅くなっています。
卵の白身を机などにこぼしたままにしていたら、透明のパリパリしたものになって固まってしまうあれです。この卵は生きながらにして乾燥していくのです。
こうなったら、殻を割っても中の黄身は落ちてきません。乾いて粘性の高くなった白身と黄身が薄皮とくっついてしまってぶら下がるのです。

一般に、鶏卵は冷蔵庫の中に入れていても1個の細胞として生きています。肉が生命を持たないために冷凍していなければすぐダメになるのに対して、卵は生命を持っているために放置していてもかなり長期間保存できるのはこのためです。なまじそのことを知っているために、生命を持っているものが生きながら乾燥していくのを見るのは恐怖です。それはあたかも皮膚を持たない怪物−西洋の怪物事典で「モズマ」というのがいましたが−そのものです。

そうでなくても、食べ物を粗末にしてはいけない掟と、コレステロールを取りすぎてはいけない掟との板挟みになり、我が家ではこのへにゃへにゃ卵が大きな脅威となってしまったのです。
そこで、うちの奥さんは思案の結果、いいことを思いつきました。

「おいしい卵料理を作って、お返しにお隣におすそ分けしよう。」

私の「スクランブルエッグ」という提案は却下されて、奥様はシュークリームを作り始めました。
結果は、大好評だったようです。
程なく、もっと大量の(恐怖の)へにゃへにゃ卵が我が家に届きました。

困り果てた奥さんは、今度はクッキーを作ってお隣へ持っていきました。
次の回には、「いつもありがとう」の言葉を添えて、またまた大量のへにゃへにゃ卵を頂きました。

「いえ、うちもレパートリーがつきて、そんなに卵が使えないんです。」と釈明すると、隣の奥さんは、
「いやあ、レパートリーがかぶってもうちはちっともかまいませんから。」


なお、読者情報(Akimi氏)によると、すでに殻を割った卵は「破卵」といって、お菓子屋さんが使うものだそうです。これがきっと製品にならなかったへにゃへにゃ卵の正しい出荷方法でしょう。
非常に安価なものだそうなので、お隣の奥さんにも逆に教えてあげようと思い、割れた卵をどんな風にして売っているのか重ねて聞いてみました。

答えは「一斗缶」だそうです。

う。プロの使う材料の中には素人の使いこなせないものがあることを知りました。(01.03.23追記)

「なべのさかやき」目次に戻る