戦災でない原爆

-建物に残る怪しい影-


トマソンの類型に「原爆タイプ」というのがあります。
原爆の強烈な光と熱によって、塀や壁に実際に人や物の影が焼き付けられたことにちなんで付けられた名前です。
本物の原爆の影として代表的な例が、爆心地の直下にあった石段に、その時座っていた人の影が「黒く」焼き付けられていたものです。
原爆資料館には、その石段の現物が展示されており、「人の影の部分以外が白く焼けただれたため、黒く影が残ったもの」という説明が付されていましたが、私はこれを見たときに「うわっ、人が溶けて焼き付いている」と、直感しました。どうやら今年になって、学者さんが私の直感を裏付けて下さったようです。

今日はそういうことで原爆タイプトマソンの話です。
典型的なのはこういうもので、密着していた隣接する建物が取り壊された場合、残った建物にはがされた跡が残るものです。
この例のように、なくなった建物の一部がもぎ取られて残っているようなのが上物とされるようです。
私はこの「生々しいのが上物」という考えとはちょっと違って、痕跡がかすかなものを好みます。その上で謎解きの奥が深いのが好きですね。そういう点では一目でわかってノーガキがいらない超芸術にはなりにくいものばかり蒐集してしまったかも知れません。

原爆タイプトマソンが出来る過程というのも見つけました。
建物がはがされた跡を青いビニルシートで覆ってありますが、単に放置されたものが上記の例のような典型的原爆タイプになります。
逆に剥がした跡だけ補修すると、そこだけきれいな壁が出現して、これはこれで原爆となります。
剥がされた面の全面を補修することも手間としてはひどく違わないと思われる場合に、そこをケチってトマソン化してしまうところに、人情を感じる面白味があります。

これはいくらか離れた建物の影が焼き付いてしまった特異な例です。
この壁が亜鉛メッキ鋼板波板0.3mm(推定)、要するにトタン板で出来ていたために、隣の屋根からのしぶきが当たる部分だけ腐食が進み、隣の屋根がなくなったあともその姿を現代に伝えているもののようです。
亜鉛メッキの錆び易さを内部の鉄の保護のために上手に利用しているトタン板ですが、場合によってはとんだ馬脚をあらわすものですね。

これは、私の好きな痕跡がかすかなものの例です。
比較的新しい、きれいに塗られた壁が、夕日を浴びて何やら影のようなものを浮かび上がらせています。
古い建物をはがした跡をかなり丁寧に補修しているのですが、力及ばず、影が浮かび上がったもののようです。
ただ、これには考えさせられるところがあって、古い建物の跡の屋根が突き刺さっていた部分の上下では補修後の壁の厚さが違い、長い年月やモルタルの乾き具合によっては必ずここがひび割れるとも考えられます。職人さんが本当の玄人なら、あえてそこを目地にして将来不規則なひび割れを生じるのを未然に防いだという可能性もあります。
わずかな痕跡をあえて残して、数十年先のひび割れを未然に防ぐことが出来る職人さんは今では少ないのではないかと思われる中、この痕跡はたまたま残ったとは考えがたいぐらい美しいのです。本当にそうなのでしょうか。

最後の物件は、原爆タイプとしてはそう珍しいものではありません。
ただこの建物、古い木造3階建で、どうやら建築基準法の規制を受ける前に建てられたもののようです。
お城の天守閣や五重塔をそのまま現代に再建すれば、即座に建築基準法違反となり、立入禁止建物になるのですが、特例的に法施行以前の建物は引き続き使ってもよいという、その特例的建物です。
津山では西村旅館の建物が有名ですが、こうして壁ばかり探して自転車で走っていると、こういった文化財級の建物が他にもあることに改めて気がつきました。


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