島よ。

-無人島を買いに-


ある夜。あてどなくネット上を巡回していると、こんなページにたどりつきました。(リンクはミラーです。)
うわ。無人島まるまるひとつの競売です。しかも最低落札価格50万5千円!
長らく私が欲しかったもの、少年のころから夢のまた夢に過ぎなかったものを今手にいれるチャンスのようです。
私は何とかしてこの裁判所主催のオークションに参加しなくてはと夢中になりました。

厳密にいえば裁判所で行われる競売は他のオークションとはちょっと違います。家を落札してみたら実は住んでいる人がいて、何とかして出ていってもらうのが別料金だったりします。別料金ならまだしも、出ていってもらうことさえできない涙の物語になったりしますから、アマチュアが財産を賭けるには慎重に考える必要があります。
しかし、これはもともと無人島だし、釣り人なんかがかってに上陸するのを阻止するすべもないのでしょうから、占有関係なんてないでしょう。

お金はないけど、何もせずに手をこまねいているのはいやです。カミさんから預かった資金でこっそりSONYの株を売買しているやつを拝借しちゃいましょう。不幸にも島が買えてしまったら、預かった資金も株をいじる趣味も全てパアです。

さて、この岡山市犬島1番地って何なんでしょうね。
約1万平方メートルといえば野球場と同じくらい、細長い形をしているので、戦艦大和か航空母艦と同じくらいの大きさです。
値段を面積で割ってみれば1平方メートルあたり50円、まさに僻地の山林の価格ですが、単一の島であることにどれほどの付加価値がつくかはこの値段に加味されていません。土地バブルの頃だったら1000万円でもだまされて買う人がいたことでしょう。まさにデフレのなせる業です。

地図で見れば「沖竹ノ子島」と名がついています。
潮が引いたときは砂州で北隣の「地竹ノ子島」とつながるように見えます。
岡山港から小豆島に向かうフェリーの航路にほど近いところにあり、きっと釣りに向いた磯もあることでしょう。

犬島諸島の本島ともいえる犬島と、同じく犬島諸島の「犬ノ島」は岡山市でたった二つの有人島です。 久々井か宝伝の港から定期船で10分ですから、離島とはいってもそれほど僻遠の地でもありません。まったく手ごろなプチ離島と言えましょう。
犬島は調べてみるとなかなか面白い来歴の島で、古くは大阪城の石垣の材料を多く産した歴史があります。有名な蛸石も犬島の産と考えられています。
戦前は精錬所の島として繁栄し、精錬所跡は今でもレンガの煙突がニョキニョキ生える奇妙に印象的な廃墟です。
そこに目をつけたのが石原プロダクション、「西部警察」の最終話の撮影はここで行われました。煙突を爆破したり、セットを炎上させたり、まさに大活劇を演じたのですが、彼らはどうやら後片付けをせずに帰ったらしく、撮影跡は廃墟の中の廃墟として現存しているそうです。
最近は、廃墟の美学が認められたのか、演劇の会場となったり、ベネッセコーポレーションが廃墟を買い取って芸術の島にしようという構想があるみたいです。
あ。猫がたくさんいるというのも、一部の人には魅力なんでしょうね。
知れば知るほど面白い島です。

しかし、他人にとってそれがどれほどの価値を持つのか私にははかり知ることができません。
誰でも勝手に上陸して、釣りをしたり海水浴をしたりすることが構わない島ならば、その所有権を取得したりして、逆に他人に侵入されるに任せることは、不粋で悪趣味で悪い了見なのではないでしょうか。

さて、競売は岡山地方裁判所で行われます。私は仕事を休んではんこを持って出頭しなければならないのでしょうか。
裁判所に電話をかけてみると幸い、書類は郵送してもらえるそうです。早速返信用封筒を送ったのですが、届いた書類をポストから回収したのは・・・カミさんでした。
「裁判所が何の用事?何の物件を買うん?」
「む、無人島をひとつ・・・・。」
「ダメです。」
「・・・・・・。」
この計画の最大の危機が訪れてしまいました。いえ、きっと買えてしまったときが最大の危機なのですが。

冬休みの最後の日、あこがれの島をせめてひと目見ようと海まで車を走らせました。
久々井の方から見ると沖竹ノ子島は地竹ノ子島と重なって見分けがつきません。
宝伝の海水浴場からだと、沖竹ノ子島はよく見えます。案外大きな島で、海抜も結構あります。
犬島のレンガの煙突や石切り場もよく見えます。
この近所に住む同級生がいて、彼が高校生のときには、宝伝の海水浴場から泳いで犬島に渡り、遊んでからまた泳いで帰って来たという武勇伝を聞いたことがありますが、何とも途方もない河童です。津山育ちの私には想像もつきません。

宝伝の港には定期船が係留されていて、時刻表と料金表がありました。それによると、好きな時刻に好きな場所へ運んでもらう臨時便を頼むには、片道3000円が必要のようです。

年があけて入札の期日が迫ってきました。さあ、この島に私はいったいどんな値段をつければいいのでしょうか。
全く競争相手がいない場合、505,000円と書いておけば島は落札できます。最近の開札記録を見れば、入札者なしの物件がある反面、非常に人気のある物件は20を超える入札者があるようです。
ネットオークションのように経過を知ることはできないので、どうしても欲しい物件には最低落札価額の倍ぐらい支払っている人も見受けます。
通常なら最低落札価額の1割増ぐらいで、ちょっと端数を細工したような価格が多く見られます。51万円ちょうどにするよりは、51万1円にしておく方がずっといいわけです。
55万円?555,555円?567,890円?
考え抜いて567、891円にしました。1円はオマジナイです。100万円も200万円も支払いたい人がいたら譲る他はありません。

裁判所に書留で入札書を送ったらあとは待つばかりです。

さて、運命の日がやってきました。
震える手で開札結果のページを開きます。
この物件には27人の入札がありました。
そして、最高価格は・・・・21,560,000円

に、にせんひゃくごじゅうろくまんえん!?

私はふた桁も勝負に負けていたのでした。
まあ、面積あたりに直したら1平方メートルあたり2000円あまりですから通常の収益性のある山林の市場価格と考えてよいでしょう。

私としては買受保証金の11万円が返って来てややホッとしたところです。
それよりも、少年の頃からの夢だった何かを、指をくわえて見ているだけでなく、及ばずながらも手を伸ばしてみたことは貴重な経験だったといえるでしょう。


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