ふたつの天神そば

-勝手にラーメン研究会(その1)-


昔モスバーガーが入っていた店舗に、新しく「支那そば天神」というラーメン店ができました。
天神といえば岡山天神町の天神そばが有名で、私個人としては最も好きなラーメンなので、何か共通点でもないかと、昼食に寄ってみました。

ラーメン店、kumapooh流チェックポイントの第一はメニューがごたごたしていないこと。複数の味のラーメンを出さないこと。ラーメン以外のメニューがないこと。なのですが、この「支那そば天神」は定食や「するめ天」など、ラーメン以外のメニューも充実しています。この点kumapooh的には不合格です。
(世間的には当然この限りではありません)
ラーメンの種類はその名も「天神そば」1種類で、この点は合格です。

さて、お味の方は?
確かにつくりは岡山の天神そばに似ています。しかし何だかもの足りません。とりあえずは別物と言っていいでしょう。
第1回はこうして漠然とした不満を抱いて店をあとにしたのでした。

その後、聞くところによると、この「支那そば天神」は、偶然「天神」を名乗っているのではなく、あの岡山の天神そばからのれん分けしてもらっているのだということでした。
何ぃ?のれん分けというからには、中途半端なラーメンで天神を名乗ってもらっちゃ困る。私の青春がかかった天神をただ名乗りたいだけなのかと小一時間問い詰めたい。
かくして私と「支那そば天神」の勝負は第二ラウンドへともつれこんだのでした。

さて、私の青春のかかった本家「天神そば」とはどういう店、どういうラーメンかというと、店は岡山表町1丁目の商店街入り口の真向いにあります。
店の入り口には大きな冷蔵庫があり、そこに収まりきらないのかビニール袋に入った鶏ガラが軒下にまで積まれています。
この鶏ガラは由緒正しい鶏だそうで、世間の鶏ガラが普通促成栽培のブロイラーなところ、この鶏は長生きして卵を生んで一生を全うした廃鶏であるとのことです。
この鶏をじゃんじゃん鍋に放り込んでグラグラ煮立てるとダシの中には豚の背脂のような細かな脂の破片が大量に入り、透明な油が表面に浮かびます。
こうした鶏ガラだしのラーメンは尾道や山口(なぜかどの店も鍋にリンゴが乗っている)でも見られますが、天神そばの廃鶏だしはその中でも野生味のようなインパクトを感じます。

麺は富士麺業製で、細麺です。店の奥に麺の箱が積んであったら、メーカーを見ておくのもkumapooh流チェックポイントの一つです。岡山のラーメン店には富士麺業の麺が案外多く使われています。

麺のゆで方もチェックポイントです。
天神そばでは鍋全体に麺を泳がせたあと、網じゃくしのような平たい網で麺をすくいます。いったい、どうやって1人分の量を間違えずにすくうのかは謎です。
これに対してセルフうどんの店で使うような深さのある網をデポ(てぼ?)というそうですが、これを使うと麺の取り扱いが簡単になり、初心者でもうまく麺をゆでられます。ただし麺の表面が荒れて味はいささか落ちるとのことです。(情報源:ナニワ金融道)

天神そばのメニューはフツーの天神そばを1番として「肉ヌキ野菜のみ」とか「肉多く入り」「大盛(1.5玉)」「ダブル」などのメニューに番号がついています。
カウンターのすぐ向こうにどんぶりが並べられて、タイガースファンの大将はどうやら注文を番号で覚えているみたいです。
大将がしょうゆだれをどんぶりに注いでいって、そのときお客は天神そばの頭がボウッとなるような余韻の残るうまみの正体を見ることができます。
それはどんぶりに小さじ1杯ずつの科学調味料です。これほどの量を入れたら頭のよくなる素のグルタミン酸も麻薬に変わってしまうものと思われます。

ラーメンが出てきたら、カウンターに置いてあるコショウとトウガラシをふりかけます。コショウには2種あり、Pは普通Sはスペシャルとのこと。大将推薦の食べ方は麺が見えなくなるほどトウガラシをかけなさいということですが、私はいつもこれを守っていました。
以上が私の青春を支え、熊と呼ばれるまでに育ててくれた天神そばのインプレッションです。あんまり誉めてないように見えたら済みません。ラーメンの好みは個人的なものですが、私は本当に天神そばが好きなのです。

岡山を離れて15年が経ち、土日が休みの天神そばには年に1度ぐらいしか行けません。しかし私が天神そばのカウンターに座ると、おばちゃんは私が注文を言う前に「ダブル?」と聞いてくれるのです。

さて、津山の「支那そば天神」との勝負、第2ラウンドはどうだったでしょうか。
まず、メニューにないけど大盛を注文してみたらできるそうです。
「天神というと、岡山の天神そばと関係があるんですか?」と尋ねたら「ええ、作り方を習いました。」とのこと。
「じゃあ、その鶏ガラは天神そばと同じ廃鶏ですか?」「そうです。」
何だかちょっと期待が持て始めました。
出されたラーメンには、やっぱりギトギト脂は浮いておらず、ちょっと不満げな私をみて店主のおにいちゃんは「天神そばよりちょっとサッパリ味にしているんですよと、付け足しました。
そうですね。そうした方が一般のお客さんには受け入れられるでしょうね。
結局ここの「天神そば」はオリジナルの天神そばから脂ギトギトを取り、スプーン一杯の科学調味料を取り、入り口脇の鶏ガラの山を取り、それでいて材料は本物で基本に忠実に作っているので、私の愛してやまなかった野生味は失われていますが、飼いならされてマイルドな次世代の天神そばではあるようです。
そう思って心して食せば、確かに天神そばの系譜を継いでいることがわかります。
しかし、考えてみれば遠く離れてしまった青春の味が出店となって昼食の選択肢に加えられるなんてありがたいことですね。今後もひいきにさせてもらうことにしました。

追伸:オリジナル「天神そば」ファンであることが知れてからは、お兄さんはちゃんと油ギトギトのラーメンを出してくれるようになりました。


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