一寸の虫にも五分の魂

-アリの巣コロリの功罪-


今年の梅雨は雨量は少ないものの、とにかく毎日降りました。
家の隅々までジメジメさせていたら、奇妙なお客さんが侵入して来るようになりました。

梅雨入りからそう経っていないある日、ウチの奥様が叫びました。
「なにーこれ!ちょっと何とかしてよ!!」
見るとリビングの床とカーペットの間にとても小さな茶色のアリが行列を作っています。せっせと何かを運んでいるアリもいます。
行列の先端は食卓の下あたりから始まっており、行列の根元を探すと床と壁の間の1ミリ足らずのすき間に消えていました。
アリどもは食卓の下の食べこぼしをせっせと運び、部屋の出口のすき間を通らない荷物はその場に捨てて帰っているようです。
「ま、梅雨が明けたら来んようになるじゃろ。」
という甘い見通しのもとにその日は見逃してやりました。
いえ、私は見逃したのですが、奥様はガムテープでできたローラーのようなもので一匹残らずアリを捕らえて丸めて捨てていました。ううむ、地獄だ。

このアリは調べてみると、たぶん「アミメアリ」という名のアリでしょう、どこが網目なのかは未確認ですが、とにかく小さい、褐色をした頭でっかちの足の短いアリです。
アミメアリの特徴は、女王アリがおらず、働きアリが卵を産んで殖える。転々と巣を替えたり、群れが分裂して移動することがある。家に侵入してくることもよくある。ということです。やっぱりこれだこれだ。

次の日も、同じ場所にアリの行列ができていました。
「もう、うっとおしいわあ、入って来んように出来んのん!!」
私はアリの行列に愛着すら持っていたのですが、奥様の怒りに耐えかねて
「それじゃあ、主義には反するが『アリの巣コロリ』を使こうてもええわ。」
目の前にいる害虫を駆除するハエタタキや蚊取り線香に罪悪感はないのですが、どこにあるかもわからない巣に持ち帰らせて根こそぎ駆除するアリの巣コロリのような薬剤は化学兵器やICBMにも似た凶悪さがあるので、自分が使うにはちと罪悪感を感じます。

さて、私の許可にもかかわらず、ここんところ忙しくてアリの巣コロリを買う暇はありませんでした。奥様は相変わらず粘着ローラー(本来は衣類の糸くずを取るためのもののようです)を片手にアリと戦い、アリはその隙をみてはリビングの角に食べこぼしの堆積を作りつづけていました。私は単なる傍観者でしたが、敵意を向けるものに対してはあの10分の1寸しかないアリが果敢にも噛みつくのです。

そんなこんなで梅雨明けを待ちながら2週間が経ちました。

リビングの角に運ばれた食べこぼしの山を見て、奥様はまた愚痴を言います。
「んもう。いったい何を運びょうるんじゃろうなあ。失礼きわまりないわ。」
そこで私はつい口をすべらし、
「アリだけにアリトアラユル物を運びょうるんでしょう。」
・・・その一言で、私が叱りとばされたのはもちろんですが、アリの撲滅のため、化学兵器を使用する決断も下されてしまったのでした。

それから2日目の夕方、夕食を食べながらまた奥様は愚痴をこぼします。
「アリの巣コロリを置いてみたら、なんかアリが余計に増えたみたいなんよ。」
「それって、家の中に置いた?アリをおびき寄せるおいしいえさを?そりゃあ山ほどアリが来るじゃろう。」
「うん。」
「そりゃ、家の外側に置いた方がいいよ。」
「それを早よう言うてんや!」

行って見ると、確かにおいしそうな毒えさを与えられたアリたちはかつてない大行列を作って化学兵器を巣に持ち帰っている真っ最中でした。
私はまたしても叱りとばされながら、アリの巣コロリを壁の外に続くアリの行列の上に設置しました。

翌日朝、家の中にアリはほとんど見られなくなりましたが、外のアリの巣コロリには、今回の事件とは無関係な大きなアリ(たぶん「クロヤマアリ」)まで来て、せっせと化学兵器を運んでいました。

その日の夕方、アリの巣コロリはほぼカラになり、アリの姿も全く見られなくなりました。
今回の事件とは無関係なクロヤマアリまで巻き込んで悪かったなと思いながら辺りを見回していると、今までに見たことがないものが目に入りました。
長さ3cmほどの真っ黒い虫が10匹ほど並んで家の壁を這い登っています。
謎の虫(2日後)
見たとたん、これは全滅したアリの巣と何か関係があるのではないかなと感じました。
アリの巣にはある種のチョウの幼虫が飼われており、その幼虫が出す蜜をアリがもらっているという話を何かで読んだ記憶がありました。
(後で調べると、チョウの幼虫はアリの目を盗んではアリの幼虫をむしゃむしゃ食べてしまうという、ひどい共生関係でした。シジミチョウの類がよく知られています。)
確信はないものの、この幼虫たちは巻き添えを食って全滅したクロヤマアリの巣から出てきたのではないかという気がします。

黒装束の虫たちは2日間家の周りをウロウロし、中には家を半周したものまでいましたが、それから姿を消しました。
辛うじてデジカメには収めたのですが、シジミチョウ類の幼虫はカラフルで短くて扁平なものが多いので、あまり似ておらず、ずばりこれという特定はできませんでした。

一寸の虫にも五分の魂とは言いますが、この変な虫がアリの巣の魂だったような気がしてなりません。


「なべのさかやき」目次に戻る