不思議な神様の不思議な供物

-青柳の耳王明神-


先日の石仏に続いて、今度は石にまつわる神様の話です。
私自身もう15年も前に行ったきりで、その後訪れたことはありませんが、石マニアの私としては見逃すことの出来ない、不思議な神様です。

ところは加茂町青柳、加茂の町からマッターホルンのようにそびえて見える白金山の背後にあります。



「耳王明神」と書いてある石碑がその神様です。
久しぶりの訪問でしたが、周囲はきれいに掃除され、落ち葉も掃き清められていました。
この石碑が珍しい石で出来ているのかというと、そうではありません。
この神様には悲しくも不思議な言い伝えがあるのです。

昔、この土地の若者のところに、若い嫁が嫁いで来ました。
器量のよい働き者の嫁だったので若者も喜んで幸せに暮らしていました。
ところが、幸せは長く続かず、嫁は病気で急死してしまいました。
若者は、たいそう嘆き悲しみましたが、手厚く妻を葬ってやったのでした。

それからしばらくして、奇妙なことが起こりました。
夜な夜な女のすすり泣く声が谷に響き渡るようになったのです。
声のする場所はどこかと探してみると、数ヶ月前に亡くなったあの若い嫁の墓でした。
毎夜聞こえてくるすすり泣きに、何かただ事ならぬことが起こっているのではと
心配した若者は、妻の墓を掘り起こしてみる決心をしました。

墓を掘り起こしてみると、葬ったばかりの嫁のなきがらの
一方の耳から反対の耳へ、笹の根が貫いていたのです。
若者と村人は、なきがらの笹の根を取り除いてやり、再び手厚く葬ったのでした。

たしかこんな言い伝えが、この神様の境内にある立て看板に記してあったのですが、今年の相次ぐ台風来襲により立て看板は吹き飛んでしまったようです。看板の足だけが残っているのを発見しました。



こうしたいきさつを知る人が、耳の通りをよくするのではないか、耳の病気を治すのではないかと願をかけるようになり、ここは耳の病を治す神様として祀られるようになりました。
耳の病を治したい人は、この耳王明神に参って願をかけたら、石碑を取り巻いて置いてあるお供え物の石を1個借りて帰ります。
その石を…神棚に祀っておくのだったか、患部をさするのに使うのだったか、どう使うのかは頼みの立て看板が失われてしまったので私にはわかりませんが…耳が治ったらお礼の石とともに元の石を返しに行きます。

お供えの石は普通の石ではありません。必ず、穴が貫通した石でなくてはなりません。
15年以上も前にたまたまここを訪れた私をひきつけて、目が離せなくさせたのはこの奇妙なお供え物でした。
今回の私は願掛けではなく、このお供え物を鑑賞するために、久しぶりにこの神様を訪ねたのでした。

それにしても静かなところです。車も鉄道も近くでは動いていません。人や鳥の声も聞こえてきません。夕暮れ時で風もやんでいます。初冬の張りつめたような空気の中、普段の喧騒に疲れた自分の耳鳴りだけがシインと聞こえるのです。
耳の神様に会いに来て、いかに普段耳を休みなく使っているか、改めて自覚する不思議な感覚がありました。

さて、ここからは神様にちょっと失礼してお供え物の紹介です。ささやかなお賽銭を差し上げておきましたので、きっと大目に見ていただけることと思います。


新しいお供え物はこうして石屋さんでスッポリ穴をあけたものが多いようです。ある意味美しいのですが、ありがたみはうすい気がします。


お供え物の中で一番大きいのはこれです。40センチ角ぐらいのみかげ石に掃除機のパイプほどの穴がドカンと開いています。これがお礼のお供え物だとしたら、供えた人はものすごくよく聞こえるようになったのでしょう。


石に穴を開けるのに力がない人や石屋さんの力を借りたくない人は、軽石を使えば何とか自力で穴を開けられることでしょう。たとえ軽石でも、人の力で石を貫く穴を開けるというのは願掛けの意思の強さを見せ付けられる思いです。


ここからは自然石です。この石は大きさは5センチ足らずと小さいのですが、右上のところに携帯ストラップが付けられそうな穴が貫通しています。石はカコウ岩質のもので、自然に穴が開くのは極めて珍しいことです。願をかけた人が一生懸命探し出したものでしょう。


これもカコウ岩質ないし石英斑岩質の比較的大きめな自然石に、全く自然の理由で穴が貫通しているものです。こういった穴が貫通するのは不思議としか言いようがありません。


古生層由来の石英の多い堆積岩で、右辺の真ん中よりやや上に黒く丸い穴が開いているのが貫通しています。堆積岩中のもろい鉱物が洗い出されて出来たのでしょう。こうした石英中の穴は中に水晶が析出して晶洞を形成していることもあります。この標本、いやお供え物では晶洞は見られませんでした。


これもやや大きい石にくっきりとした穴が開いています。流紋岩質の凝灰角礫岩で、要するに火山がドカーンと噴火して周囲の石を砕いて飲み込んだ火砕流になったものが固まっているものです。これに1個だけ溶けやすい石が取り込まれていてそこだけ抜けたのがこの穴の開いた理由のようです。まあ、石のフシ穴みたいなものです。理由は明快ですがもちろん珍しいものです。


お供え物の下のほうはほとんどが黒または茶色のこの石でできています。この写真では中央の黒く見える穴が貫通しています。富士山などの比較的新しい溶岩に似ていますが、これは溶岩ではありません。実は自然石でもありません。
これはたたら製鉄で出来た鉱滓で、ノロと呼ばれるものです。岡山県の北部にはわりと普通に落ちていて、特に珍しいものではありません。飴細工のようにねじれ曲がったり、泡を含んだものも多く、当然穴が開いているものもあります。
お供えが人工物だからといって、耳王明神は霊験をケチったりしないのでしょう。めったに見つからない穴あき石を探して、願をかけた人は大変な努力でお礼の石を探したのだと思います。

夢中でお供え物を検分していたら、すっかり日が暮れてしまいました。


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