夏への扉

-路上観察シリーズ・高所ドアを探せ-


彼は、その人間用のドアの、少なくともどれか一つが、夏に通じていると言う固い信念を持っていたのである。

ロバート・A・ハインライン   「夏への扉」


私が行き詰まるとつい読んでしまう小説がロバート・A・ハインラインの「夏への扉」です。
24時間以内にレポートを仕上げなくてはならない時に、図書館に行ったらつい手にとってしまい、図書館が閉館になったら本屋に走って文庫本を買ってきて、イッキに読破したらレポートは手付かずのまま、残り時間は18時間に減っているという寸法です。

仕事が忙しくて火を噴いている今日は、町に出て夏への扉を探すこととします。

そのドアが気になる。鍵はかけてなくて、ちゃんと開きます。

なにげない建物の一角にそのドアはあります。(津山市内ではありません)
猫サイズのドアですが、鉄扉で、両開きで、ドアノブがついていて、鍵までかけられるようになっています。
コレを開けて出入りする猫はないでしょうし、コレを開けて出入りする人間もない様子です。
きっと時計を持ったウサギか何かがそっと出入りしているのでしょう。

何のためにあるドアか

この二階にポンと付いているドアが高所ドアの基本形です。
きっと中は廊下の末端か何かになっていて、寝ぼけてここから出ようものならひどい目にあうことでしょう。
普通こういうドアはベランダなり、外階段なりを取り付けるためにあるはずですが、このドアは道すれすれの位置にあるためにそうしたものをとりつけることができません。
それでは何でこのドアがあるのでしょうか?
建築費に無用のコストを上乗せした上に、危険さえ伴うこのドアは、何かきっと重要な任務を帯びているはずです。

それならトタン葺きにしなくてもストレッチャーも通れる観音開き

次は屋根の上に出るためと思しきドアが2つです。
せっかく屋根の上に出られるようにした割には屋根がトタン葺きで、歩いたり、洗濯物を干したりするのには向いていません。
特に右の物件は病院で、大通りに面して立派なドアが付いているのは、救急車でも迎え入れられそうな風格です。
そういえば「千と千尋の神隠し」の浴場にもえらく高いところに扉がついていましたね。

その空間に部屋があった記憶が…。

高所ドアの中には、先に紹介したような「いずれ階段が付く」「いずれ増築してみせる」といった未来を向いたものばかりでなく、このような過去を引きずったものもあります。
隣の建物を引き剥がした跡が生々しく残っています。こういうのを路上観察学的には「原爆タイプ」といいます。
ドアが残っているだけにその傷跡は生々しく見えます。
かつてそこに部屋があっただけに、寝ぼけて転落する危険は一層大きいと思われます。
しかし、このドアもまた私の捜し求めている夏への扉ではなさそうです。

このドアから出ると昇天できます。

このドアは、国道から見ると3階の高さにありますが、近づいてよく見ると4階の高さに付いてます。
このドアから飛び出すと、昇天できることうけあいです。
これなどは憂いを払う夏への扉に限りなく近いと思われますが、出て行った先が天国であるか地獄であるかはいまいち不明です。
訪問者がうっかり開けないようにしっかり鍵をかけておいて欲しいものです。

来客無用の高所玄関

今度は単に意味がないばかりか、看板を掲げている扉がありました。(津山市内ではありません)
看板には「旭川南漁業協同組合」と書いてあります。
つい先日までもっと古ぼけた看板だったのですが、私が注目しているのを知ってか知らずか、新しい白木の看板に掲け替えられました。
しかし、いまだかつてその入り口から入ったお客はいないのではないかと推察されます。

玄関とはこんな…

そう、玄関とはこんな風に入りやすくなくてはいけません。
玄関灯に呼び鈴、ドアノッカーまでつけて、これならお客も安心して訪問できるというものです…。

二階にあるんです。
しかしこの玄関はなんと二階にあるのです。
「ご用の方はこのボタンを押してください」というフレンドリーなメッセージがむなしく宙に響きます。
このボタンを押して、このドアから訪問する人がいるとすれば、それはに違いありません。

神々のために備えられた玄関を見つけて、大いにうっぷんを晴らしたのですが、ふと我に返れば一向に仕事が片付いていない私でした。

はしごがたくさんいりますか?
その後、町を車で走っていたら、こんな物件を見つけました。
階段がないからはしごで出入りするのかもしれませんが、それにしてははしごの数が多すぎます。
その日の気分に応じたはしごを使うのですか?
どっかの掲示板に「はしごだれか たのむ」と書き込んだのですか?
それとも、このドアからハンプティ・ダンプティが落っこちてくるのでしょうか?
いずれにせよ、困っているならちゃんと階段を作りなさいよ。

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