紙コップ式ロケットランチャー

-Pringlesの空き缶で遊ぶ-


「プリングルズ」は私にとってスナック菓子の中でも特別な存在です。
ちょっと前まではパッケージに5ヶ国語ぐらいで商品説明と品質表示が書いてあって、「こんなに世界で食べられているんだ!」という感動とともに、ちょっと工業製品的な胡散臭さを発散していました。

だいたい、メーカーがP&Gというのが最も納得がいかないところです。
プロクター・アンド・ギャンブルといえば、アリエール、レノア、ファブリーズ、ジョイ、ヴィダルサスーン、薬用石鹸ミューズ、それからパンパースと、衛生用品で大きなシェアを占めています。
そのプロクター・アンド・ギャンブルがスナック菓子を売っているのが私にとっては大きな謎でした。
まあ、カネボウがガムを売っているのと同じで、石油化学工業製品と食品の垣根は意外と低いのでしょう。

そのプリングルズの中では「サワークリーム&オニオン味」が私の大のお気に入りで、めったに買わないのですが、今日はたまたまそのロング缶を入手することが出来ました。

さて、昼休みに「P&G−プリングルズ−サワークリーム&オニオン味−ロング缶」を食したあと、この大好きな食品の缶を何かに使えないかと私は思案しました。

この缶は、本体が防水加工の紙の筒で、底がスチール、フタがポリプロピレン(最近までポリエチレン)であり、案外丈夫に出来ています。これまでもショート缶をペン立てなどに使っていましたが、結構長持ちします。
捨てるときにはフタがリサイクル(プラスチック容器包装)、本体がリサイクル(紙)又は可燃物、底が不燃物又はリサイクル(鉄)と、徹底分別を必要とするのが面白いところです。これも多国籍商品ですからこうなのでしょう。例えばヤマザキナビスコの類似製品ではパッケージの廃棄はもっと単純です。

さて、私の机の引き出しの中には、半月ほど前に100円ショップで購入した紙コップとガスマッチ(いわゆる「チャッカマン」的な長い柄を持つガスライター)が、眠っています。
今回プリングルズのロング缶を入手したのは偶然でしたが、紙コップとガスマッチはある目的を帯びて準備されていました。そしてプリングルズのロング缶を得たことで、私の秘密の、危険な計画がイッキに実現してしまうこととなりました。

作業はプリングルズの缶を洗ってきて、底近くに、ガスマッチの先がぴたりとはまる穴をあけるだけ。

紙コップの口を下にして缶に突っ込み、ガスマッチを穴から入れて、先に3秒ほどガスを出してから点火します。(すぐ引き金は放しましょう)
「ボ」と音がして、紙コップは少し動きます。ガス爆発が起こっているのですが紙コップが飛び出してくる勢いはありません。
缶の中の空気を入れ替えて、次は10秒ぐらいガスを出してから点火します。
「スポン」と音がして、紙コップは2mぐらい飛びました。紙コップ式ロケットランチャーの出来上がりです。
しかし、3つ先の席に座って、耳を押さえている新人くんを吹き飛ばす威力が出ません。(どこでやっとんじゃ!)
こんどは15秒ぐらいガスを出して…引き金を引きましたが爆発しません。酸欠のためにガスはゆっくり燃えているようです。

昼休み中試して、次のようなことがわかりました。
  1. 勢いよく飛ばすには筒が冷えていることが必要
  2. 空気は多い方がよい=紙コップを深く突っ込んでない方がよい
  3. ガスの量は10秒ぐらい出すのが一番よい
これらは、車のエンジンからパワーを引き出す手法と共通しています。
インタークーラー、ターボ、空燃比調整、(高圧縮化、高回転化…)

もちろん、勢いよくモノを飛ばすには、出口を絞って固くてちょっと重い栓をすればいいのでしょう。
さしずめペットボトルにゴム栓ぐらいの玉でいいのでしょうが、度が過ぎると殺傷能力を持ってしまいますのでそういった方向での技術向上は私は考えていません。「トーフの角」ぐらいの固さのものがが大きな音を立てて飛ぶのが見たい、というのが今回の紙コップ式ロケットランチャーの趣旨ですから。

しかし、筒が温まると威力が激減するのはしゃくです。もう一工夫が必要でしょう。

ガスライターに入っているガスはブタンです。
化学式にすればC10です。
これが燃焼する化学式は
10 + 6.5O = 4CO + 5HOとなります。
ブタンの量(体積)を1とすると、それを完全燃焼させる酸素は6.5必要となり、酸素は空気の中に5分の1しか入っていませんから、空気の体積としてはブタンの32.5倍もの量が必要となります。 だからガスの量が多すぎるとすぐ酸欠となり、着火しなかったり、着火しても静かな燃え方をしてしまうのです。

次の日になって、私が家から持ち出してきたのがコレです。
10年近く前に電気剃刀を買ったときに掃除用のおまけで貰ったアルコールのスプレーです。
当の電気剃刀は寿命が尽きて廃棄処分されましたが、おまけのスプレーはこういうこと(どういうことぢゃ!)もあろうかと大事に取っておいたのです。

エチルアルコールの化学式はCOH
燃焼するときの化学式は
OH + 3O = 2CO + 3HOとなります。
ブタンに比べたら酸素の必要量が約半分です。ということは、同じ容積の空気が準備できるなら、倍の燃料を詰め込めるというわけです。
アルコールの方が同じ量(重量)あたりの燃焼カロリーは低いようですが、筒が温まっているほどアルコールの気化が進んで爆発力は大きくなります。

これらの化学的性質が可燃性ガスの「爆発限界」という数字に表れてきます。
ブタンの爆発限界は容積比で下限1.9%〜上限8.5%で、景気よく爆発させようとたくさんガスを入れたらすぐ爆発しなくなってしまいます。
これに対してエチルアルコールの爆発限界は下限4.3%〜上限19%です。
爆発限界の上限の混合比で燃料と空気を混合してやれば、最も大きな爆発力が得られると思われます。

さて、プリングルズの缶にアルコールのスプレーをふた吹きして、ガスマッチのトリガーを引くと、
「パン」と派手な音がして、紙コップは勢いよく天井にぶつかり、おびえる新人くんの足元にころがりました。

私はこのロケットランチャーを、気に入らない上司を吹き飛ばしたり、デキの悪い新人をいぢめるために使うわけではありません。
ただ、あんまりプリングルズの缶が立派なので、ちょっと科学の進歩に役立てたかっただけです。
ちょっと化学・物理に詳しい人なら、さらなる能力強化はたやすいことでしょうが、今日はここまでといたします。

注意事項
  1. この実験を読者が実施することによる、火災・傷害・やけど・等の危険については筆者は一切責任を負いません。
  2. このロケットランチャーが兵器のはしくれであることを意識し、発射時に筒先を覗き込んだり、人に向けたりしないでください。
  3. 発射直後の筒の中には淡い色の炎をあげて燃料が燃え続けていることがあります。火災・火傷に注意してください。
  4. 発射筒や紙コップそのものが可燃物であることも意識して、くれぐれも火災には注意し、書類の散らかった事務机等で発射しないようにしましょう。
  5. 研究熱心もよいことですが、周囲に白い目でみられるほどのめりこむこともお勧めしません。
  6. 紙製の弾丸は銃刀法に抵触しませんが、治安を妨げてしまった場合、爆発物取締罰則に該当するのかもしれません。

ターゲットの足元に弾丸をコロガスだけでは真のキャノンとは言えない。

あと1mの飛距離が私には必要でした。
飛距離を向上するには、水素のような爆発限界の上限が大きな燃料、ジエチルエーテルのような酸素を含む燃料、固形の火薬、といった燃料面での改良が第一に考えられます。
しかし、炎や黒煙やガス臭や燃えカスのない、クリーンな形で飛距離を実現したいという思いもありました。
そこで私は、スポーツ店に行ってこれを買ってきました。
スポーツ用缶入り酸素です。840円でした。
これをプリングルズの缶に3秒ほど注ぎ込み、ガスマッチから前より長めに15秒ほど出しました。
すると、「パアン」という乾いた音がして、紙コップは新人君の頭上を飛び過ぎました。
私はこれで満足すべきだったのです。

缶の中の空気を純粋の酸素にしてしまえば、今までの5倍の燃料を詰め込んで燃焼させることが出来るばかりか、発生した熱を薄めてしまう窒素がないため、爆発力は5倍以上になります。
これに爆発限界の範囲が大きいアルコールを燃料とすれば、最初の「空気+ブタン」のキャノンに比べて、実に10倍以上の威力を発揮することが可能になります。
純粋な酸素で理想的な混合比が実現できた場合、そんな爆発にプリングルズの缶が耐えることが出来るかどうかいささか自信がありません。たぶん耐えるでしょうが、そのときは危険防止のゴーグルが必要な気がします。

さて、今朝は上司の出勤が遅くて何だかチャンスです。新人君は皆の机を拭いているのか、朝の掃除にいそしんでいます。
アルコールのスプレーを今までの倍の4押し、プリングルズ缶に吹き込みます。
空気があまり混入しないよう、ノズルの空気吸い込み穴を押さえて酸素を5秒出しました。
紙コップで蓋をして、アルコールが蒸発するまでしばし待ちます。
新人君の頭上をめがけて引き金を引くと、
ドンと腹にこたえるような響きがして、紙コップは机2列を飛び越し、7〜8m先の床に転がりました。
貰って食べたプリングルズの缶が、もはや直接人に向けたらメガネぐらい壊してしまいそうな凶器と化してしまいました。

缶の強度は、紙コップの蓋がゆるいため密閉がゆるく、まだ持ちそうです。こんどは、紙コップの空力特性が飛距離の足かせとなっているのでしょう。欲張ってもっときつい蓋をすれば、いつかは缶が破裂して不測の事態を招くことでしょう。
まだこのキャノンに余力はありそうですが、こんどこそこれでやめておくことにします。
(05.08.03追記)

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