スライムをつくる

-簡単で不思議で楽しい理科実験-


薬局の一角にはたいてい、何に使うのか定かでない薬品がまとめて並べてある棚があります。
どの薬局でも並んでいる薬品はほぼ共通していて、アルコール(消毒用、燃料用)、精製水、クエン酸、ホウ酸、焼ミョウバン、グリセリン、ワセリン、希ヨードチンキ、等です。
私はこの棚を見るといつもわくわくするのですが、先日、初詣の帰りに飛び込んだ薬局には、上に並べた薬品に加えて「ホウ砂」を売っていました。
ホウ砂はホウ酸とは違います。またの名をホウ酸ナトリウム、ホウ酸と同様に殺菌消毒に使われるようですが、この薬品には別の非常に楽しい使い方があるのです。
そのとき本当に必要だったのは帰り道のおやつだったのですが、私はおやつとともに迷わずホウ砂を買って帰ったのでした。

なお、ホウ砂には毒性があります。手でさわる場合は吸収が遅く、健康に問題があるほどの危険はありませんが、傷口には速やかに浸透し、毒性を発揮します。口から摂取した場合は幼い子供の場合5〜10g程度で嘔吐・下痢・ショック症状があり、死に至る場合もあります。面白い実験ですがくれぐれも子供だけで行うことの無いよう注意してください。

さて、スライムとは、30年ばかり前にポリバケツの形をした容器に入れて売られていた、緑色のひんやりしてドロドロした、それでいてベタベタはしていない奇妙な物質です。ドラクエの、というよりあらゆるRPGで、一番弱い部類の敵として現れる水滴の形をしてニンマリ笑ったスライムは、このドロドロのおもちゃにちなんで名づけられたものでしょう。

ホウ砂と、家庭で手に入るあと少しの材料で、このスライムが作れるのです。
そのあと少しの材料とは、合成洗濯のりです。パッケージに「PVA」あるいは「ポリビニルアルコール」と書いてあるものが必要です。あと、食紅があればカラフルなものが作れます。絵の具や蛍光マーカーでもそれなりに着色できますが、着色は別にしなくてもかまいません。ラメとかあれば素敵なものが作れるようです。

作り方は(「予備知識なしに、なるたけ雑にやる」がkumapooh式のポリシーですから、きちんとやりたい方は別途調べてください)
  1. 空きびんか何か食べ物に使わない容器を2個用意します。あと、割りばしも必要です。
  2. 一方の容器には8割ほど水を入れ、ホウ砂を溶けなくなる限度まで溶かします。あまりホウ砂はたくさんいりません。
  3. 着色する場合は、上のホウ砂の水を着色します。今回の場合、食紅を適当に混ぜました。
  4. 一方の容器には洗濯のりと水を半々ぐらいに混ぜたものを作ります。水が少ないと固いスライムができます。欲張って水を多く加えるとユルユルでベタベタ手にくっつくスライムとなります。
  5. 洗濯のりの水を、ホウ砂の水に少しずつ注ぎながら割りばしでよくかき混ぜます。
  6. すると割りばしにスライムがからみついて来るので、よくよくかき混ぜたあと引き上げます。
  7. スライムを引き上げた後、かるく水を絞ってポリ袋か何かに集めます。はじめはベタベタして水っぽい状態ですがしばらくしたらさわれるようになります。あとはその感触を楽しみながら遊ぶだけです。
  8. スライムの固さやベトベト加減は、洗濯のりと水の混合比によります。ホウ砂の水の方はスライムを作り続けてもホウ砂の補充はあまり必要ないような気がします。
  9. 原典では、着色した洗濯のりの水にホウ砂の水を混ぜていく作り方が紹介されています。要はどちらでもいいようです。ホウ砂水に着色する方法は、均質なものを大量に作る場合に向き、洗濯のりの水を着色する方法は多様な色のものを少量ずつ作るのに向いています。後者の場合、その都度ホウ砂水は捨てることになります。
  10. この実験で出来たスライムは、しょせん洗濯のりですから、紙や衣服につけると取れなくなる可能性があります。不幸にも衣服についた場合にも、しょせん洗濯のりですから洗えば落ちます。
  11. スライムは放っておくとしだいに乾燥して固くなり、ガラスのような破片になってその一生を終えます。長持ちさせたい場合にはポリ袋などに入れて乾燥を避けましょう。
我が家で作ってみたところ、子供は欲張りなものですから水を多めに入れて、いわば「水増し」してしまったために、のりのベトベト感がちょっと残る、ユルユルのスライムになってしまいました。ある程度のユルユルは、時間の経過とともに乾燥して固くなり、サラサラになってきます。
また、子供はその感触を楽しんで、手のひらで転がしたり、握りつぶしたり、ちぎったり、固めたり、飽きずに遊びますが、遊び終わって手に握っていなかった方の塊と比べると、何やら色が変わって透明感がなくなっています。それは手垢だって。
遊んでいると小さな破片がそこらへんに散らかって、乾いてパリパリした破片になります。これがまた叱られるもとです。

この化学実験は面白いけど、どこが理科教育の役に立つのでしょうね。

液体と気体の間に中間的な状態はないわけですが、液体と固体の間にはこうして中間的な状態があるわけです。
水飴などは液体に限りなく近い状態まで柔らかくなりますが、固くするとべっこう飴にまでなります。固い方ではガラスもこの液体と固体の中間の物質に分類されますが、アルミなどの柔らかい金属よりはよほど硬いという性質を持っています。
地球の中では、地表と核の間にあるマントルがこの性質を持ち、核から発生する熱によって対流することが知られています。
地球がこのスライムと似た(本当に似ているのか?)材料で出来ているために、地面は時々動き、大陸が移動したり、地震が起こったりするのです。
スライムで遊ぶ場合は、2つのポイント「ゆっくり引っぱると伸びる」「急に引っぱると割れるようなちぎれ方をする」を確認してみましょう。

一方、化学的にみると、スライムの材料のポリビニルアルコールは、炭化水素の鎖にひとつおきに水酸基がついた構造になっています。
ポリビニルアルコールの構造
ホウ砂は水に溶かしたときホウ酸イオンB(OH)−を作りますが、こちらにも水酸基がくっついています。この水酸基は4個あるために立体的には正四面体の頂点の方向に向いています。たまに牛乳のパックにあるテトラブリックの形です。
ポリビニルアルコールの水酸基とホウ酸イオンの水酸基が水素結合という緩やかな結合で結びつくために、スライムはこうしたゲル状になるわけですが、ホウ酸イオンの正四面体の配置が関係してポリビニルアルコールの鎖は直角に交差する形で絡み付けられるためにその奇妙な固さと弾性が生じるわけです。
これに力を加えると、水酸基同士の水素結合は簡単に手を離して次の相手と結びつくためにその形を変えます。塊を放っておくとゆっくりと形を変えるのはこのためです。
高分子ゲルは基本的にこういう性質を持っていますが、最近は分子の構造を細かく調節することで様々な機能を持った製品(人工筋肉とか形状記憶材料、薬品への応用)を作り出すことが出来るようになっているそうです。

製造中の図
こうして置いておくと
しだいに流れて逃げ出します

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