通勤怪速への道(その3)

-スーパーカブの抜かれた牙-


通勤経路にある壁
私の通勤経路には大きな壁があります。

この壁があるために、毎朝の通勤には苦行を強いられています。
上り坂のため車の流れは40キロより少し速い程度ですが、スーパーカブの2速の守備範囲は40キロまでなので、2速全開でウンウンいいながら登っているカブの脇を軽四とかが追い抜いていくのはかなり危険ですし、何より誇りを傷つけられます。
あげくには最近のスクーターは同じ50ccでも無段変速ですから、一番パワーの出る回転数を保ったままスーパーカブをスイスイ抜いていってしまいます。アチラは単なる原付です。コチラはスーパーカブなのに!スーパーの名が泣いています。
このスーパーカブのお話のシリーズ名が「通勤怪速」なのも、この壁あってのことなのです。 スーパーカブと付き合い始めてから約半年。通勤しながら私が考え抜いていたのは、この壁をいかに克服するかという課題でした。

さて課題解決の第一歩として、近年のスーパーカブの歴史をざっとひもといてみます。
次の表はスーパーカブの年式と馬力、燃費をざっと表にまとめたものです。(車体番号はデイトナのカタログの資料及びホンダのパーツリストから引用、スペックは標準的な3速モデルのもの)4速のモデルはもっと燃費が出ますが、基本的なエンジンスペックは共通です。
また、記号というのは年式を略記したもので、座席の下のステッカーに書いてあります。私のマシンの場合C50DSなので1995年式ということになります。

年式記号車体番号馬力燃費備考
81B4.5C50
82C8500034〜4.7150
83D8909929〜89849785.0145
84E9000009〜93156964.51454速は180km/l
86G9400001〜95010234.5145
87H9600001〜00952104.5145
92N0200001〜03279244.5145
93P0400001〜05735854.5145
95S0600001〜07999994.5145
97V0800001〜09999994.5135
99X2100001〜22999994.5135
00Y1000001〜11999994.0130AA01
0111200001〜4.0130
なお、今年発売された‘07モデルは電子制御燃料噴射システム採用で3.4馬力、110km/lだそうです。環境保護のための触媒や排気浄化デバイスを備えているにしても明らかに退化しています。
環境保護も大切ですが、スーパーカブから排出されるNOxやHCが誰かに脅威を及ぼすほどのものなのでしょうか。それを防ぐためにCOがたくさん出ることとどう天秤にかかっているのでしょうか。それはホンダのせいではなく、国の環境政策の範疇でしょうが、どうも定量的視点が欠けているような気がします。

話が逸れましたが、なんと、ちょっと前(ちょっとかどうかは人によりますが)のカブは5馬力もあったのです。
近年のカブの歴史はまさに退化の歴史で、1984年頃にあった馬力ダウンは「簡単に免許が取れる原付で80キロも出せるのは危ない」という記事が朝日新聞はじめマスコミに出て、各社が最高速度を自主規制した結果なのだそうです。
そこで技術のホンダは、小手先で速度を制限するリミッターによらず、エンジン全体をいくらがんばっても60キロしか出ない構造に変更するとともに、どうせそうならと燃費向上のための工夫を一緒にエンジンに組み込みました。
その時抜かれた「スーパーカブの牙」は何なのでしょう。それを手に入れることで私のカブはあの壁を駆け上ることができるのではないでしょうか。

その牙を探すため、馬力変更の著しかった頃のサービスマニュアルをひもといてみましょう。
モデル馬力/回転数バルブタイミングキャブレターカム高さ
吸気側
備考
吸開吸閉排開排閉形式ベンチュリ径
B4.5/750012°22°PB461327.945
C4.7/750012°22°PB461327.945
C-スーパーデラックスED5.5/900020°30°VC571626.641
D5.0/750012°22°PB751427.945カムシャフトがボールベアリング化
D-スーパーカスタムED5.0/800020°30°VC591527.945
E4.5/700012°22°-2°PB771220.055バルブスプリング1本化
この時期はHY戦争と呼ばれるホンダとヤマハの二輪車シェア競争の真っ最中で、これを反映して新機種開発競争が激しかったことをうかがわせます。今でこそ「たかがカブ」かもしれませんが、この頃にはホンダのフラッグシップモデルの一翼でした。
EDの付くモデルはEconomyDrive、4速のモデルです。今で言えばカスタムに相当しますが、この頃のEDはエンジンまで特製で5.5馬力もあります。
私の目指しているスーパーカブはこの頃のスペック、ホンダがカブのパワーについて真剣に考えていた時期の性能です。

上の表を見れば一目瞭然、まずはキャブレターの直径を増やせば効果てきめんであることがわかります。
次にE以降の4.5馬力になったカブではカムの高さがずいぶん低くなっています。
バルブのタイミングもEDの付くモデルでは高回転向きのタイミングになっているようです。
備考のところに出てくる、カムシャフトのボールベアリング化、バルブスプリングの1本化というのは、明らかに燃費向上対策です。

キャブレターの問題は先送りとして、シリンダヘッドに着目すれば、リフト量が大きく、バルブの開いている時間が長く、しかもボールベアリングの付いたカムシャフト(実際にはボールベアリングは高回転には不向きですが)、そしてバルブスプリング2本(バルブ1本ごとにダブルスプリング)というパーツがあれば、燃費向上対策のために抜かれた牙を取り戻すことが出来るのではないでしょうか。
そういう部品は、現在でも純正新品パーツとして供給されています。
C50D−スーパーカスタムEDの補修用部品としてではなく、現在に至るC70の純正部品がまさにそのスペックなのです。
サービスマニュアルとパーツリストをよく読み比べたら、私の勘違いでしたね。C70、C90のカムプロフィールはN(91年)とP(93年)の間で変更になっていて、私の調達したカムは2°,25°,33°,0°というタイミングでした。つまり目指していたスペックよりいささかバルブ開放時間が長いということになります。(09.05.12追記)

もちろん、社外品のハイカムや強化スプリング、ボアアップの方に目を向ければいくらでもハイパワー化の部品は販売されていますが、カムプロファイルを見るともっとバルブ開の時間が長く、ものによってはピストンを削る必要などもあって耐久性を考えた時に疑問符が残ります。一方ホンダ自身が純正部品としてそれを供給しているというのは、耐久性や適合の問題もなく、性能的にも穏健なはずです。私としてはホンダの方針転換の証として興味深いのでこちらをチョイスしました。

パーツ交換による性能向上の裏には副作用もあるはずで、ハイカム化すれば高回転域の馬力と引き換えに低回転域でのトルクが痩せることを覚悟しなければなりません。
炭火を吹くときに細い口からフッと吹くのと開いた口からハアッと吹くのでは火の燃えようはフッの方が大きくなります。一方、炎がガンガン燃えている時に空気を供給するのはフッの口では間に合わなくなります。純正カムはフッの口でハイカムはハアッの口に相当します。これは燃費の問題ばかりではなく、使い勝手にも影響があることを覚悟しなければなりません。
その点、C70のカムをC50に付けるというだけなら、そういうスペックのカブがかつて存在したという安心感が多少はあります。
一方、バルブスプリングをダブル化することについては、燃費悪化の代わりに何が保証されるのかいまいち自信がありません。シングルスプリングで何回転までなら回せるのか、ダブルスプリングにしたときのマージンはどれだけ上がるのか。そこの所を知る情報はありませんが、高回転化した時に押さえておきたいポイントではあります。
何より純正スプリングが給排気4本一式で882円、これで高回転のマージンが確保できるなら試してみる価値はあるでしょう。

さて、純正部品が届きました。バルブスプリングを交換するためにバルブスプリングコンプレッサーも入手しました。交換するスプリングの5倍ほどの値段だったのでちょっと目まいがしましたが。
しかし、私はエンジンのフタを開けることについては全くのシロウトです。バルブ周りまでバラしたエンジンが無事に元に戻るのかどうかは全く自信がありません。
いえいえ、それを克服するため、バイク屋さんに乗らせてもらっているだけのバイク人生から飛躍するために私はスーパーカブと付き合っているのです。

左がC50用、右がC70用のカムシャフト
新旧のカムシャフトを比較すると、ゴツさが全く違います。リフト量ばかりでなくシャフトの太さ、カムの幅までぜんぜん違います。果たして同じ場所に収まるのでしょうか?
その後、ただカムシャフトを交換したのではカムの山が削れる不具合が生じることが判明しました。ロッカーアームの幅がカム幅より狭かったためだと思われますが、対策は研究中です。(08.09.01追記)
左がC50用、右2本がC70用のバルブスプリング
バルブスプリングを比較すると、C50のスプリングとC70のアウタースプリングはほぼ同じ寸法ですが、なぜか逆巻きになっています。これも入れ替えて収まるものかどうかは自信がなかったのですが、バルブ以外の周辺部品が1983年頃から同じ品番になっているのでたぶん大丈夫と考えました。
果たして元に戻せるのだろうかバルブスプリングコンプレッサーを使う
作業の中で最も時間がかかったのは、パーツにコビリついたガスケットを取り除く作業でした。スクレーパーで慎重に削るのですが、なかなかはかどりません。
次にひっかかったのはバルブを止める「コッタ」という部品がなかなか嵌まらないことでした。シリンダヘッドまでバラしてこんな小さな部品のために何もかも台無しでは話になりません。

そして、部品を組み上げてトルクレンチでシリンダヘッドの袋ナットを締めていたとき。
パキーンと金属音がして、袋ナットが締まらなくなりました。
ん?何だこれは?
思っている間に、たて続けに袋ナットが3本とも同じことになりました。
らせん状のものはもぎ取られたネジ山
私のトルクレンチは1.0kgfも設定可能なものでしたが、1.0kgfなんてとても弱いトルクなので、設定値が来たことを示す小さなクリック音を聞き逃して、トルクレンチの大きさにまかせて締め上げてしまったのでしょう。
万事休す!
動かなくなっ手しまったカブを前に、私は途方にくれたのでした。

失意の一夜が明けて、失われた純正袋ナットをホームセンターで調達してきました。1個10円です。
スタッドボルトもネジ山が傷んでいましたが、M6ナットを締めたり緩めたりしてネジ山の復旧をしました。
そうして元どおりのスーパーカブの形に組み上げ、チョークを引いてキックしてみました。

ちゃんとエンジンはかかりました。
しかし騒音のすごいこと。
バルブのタペット音が大きいのはC70も同じなのでこれは想定の範囲内です。
しかしマフラーに穴が開いていたので、ここから出る排気音はバリバリとすさまじいものがあります。

バリバリマフラーのまま早速試走してみます。
まず最初に感じたのは、中低速でのトルクが痩せたことです。
特にストップ状態から1速で走り始めたときに1秒あまりの間は明らかにもたつきます。
6000回転ぐらいまでの性能は、微妙ながらも確実にそがれていると言っていいでしょう。

いきなり動かなくなっては家に帰れなくなるので、徐々に行動範囲を広げながらさらに試走をしてみます。
ハイカムの効果が現われるのは8000回転を越えたあたりからです。 国道の車の流れになんとか乗っていけたり、ごく緩い上り坂ならわずかながら加速する余裕も見せます。これまでのスーパーカブとは微妙に違った感覚を味わうことが出来ます。あくまで微妙の範囲ですが。
そして最高回転数は、従来の9000回転そこそこから10000回転までは回るようになりました。その辺で頭打ちになるようです。それよりもスプリング強化のおかげでこの程度の回転数でバルブがサージすることはないという安心感がありがたい所です。

純正ハイカムと強化型バルブスプリングの効果は、ほぼ予想通り低回転のトルクをいささか犠牲にして高回転の伸びを確保するという結果になりました。
過去にこういうカムプロファイルのスーパーカブ50が市販車として存在したわけですが、4速化と自動進角が採用されているのは燃費を稼ぐためではなく、高速を伸ばすためでもなく、ひそかに低回転でのトルクの痩せをカバーしたかったのではないかと感じました。
私にしてみればあれほどの大工事をして、元に戻ってよかった〜。というのが正直な感想です。
ハイカムが目覚める時。爆音の穴は早速埋めました。
蛇足ながら、キタコやJUNinternationalのハイカムをチョイスせずに、ピーク性能がやや劣り、価格が同じくらいのC70純正カムを使ったのは、あまり人がしないことをやってみたいという私の趣味によります。HONDA純正だから一番優れているんだとか言うつもりはありませんので念のため。
チューニングパーツはよく吟味して、自分の目的に合ったものを選びましょう。

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