兵器に乗って通勤する

-三菱ジープJ58号-


世間では、街を走るプリウスがずいぶん多くなりました。
プリウスというクルマにも、私はずいぶん注目しています。
燃費性能ばかりでなく、室内の快適性、走りの性能、安全性などにバランスよく配慮してあって、これからのクルマのひとつの基準になるものと思っています。

しかし、街を走るプリウスには私は敵意…とまではいかないまでも、激しいライバル心を抱きながら自分の車を転がしています。
その私のクルマは、これからご紹介する三菱ジープJ58号なのです。

一時代のクルマ社会を席巻し、万能を誇り、その後の時代のクルマのお手本となり続けた、ジープはそんなクルマなのです。

最近のクルマにはは藪や岩のヒットに対する配慮がない!
まず、このクルマの特徴的な顔つきについて見てみましょう。
近年の車が夜間に車幅を際立たせるためにヘッドライトを両端に追いやっているのに対し、ジープではヘッドライトがかなり内寄りに位置しています。夜にすれ違う時、かなり遠くからでもジープとわかるポイントです。
これは、オフロード走行中に道路外からはみ出している藪や岩にぶつけてヘッドライトが壊れないための配慮です。
私のクルマはウインカーガードがついていますが、ウインカーはあまり大切にされていないので藪のヒットに対して弱点となっていました。(大戦中のジープにはウインカーなど付いていないように見えます。)

あと、特筆しておくべきはバンパーの短さです。タイヤの正面にはバンパーはありません。これは、岩に登る時にタイヤのブロックパターンをを岩角に当てて回転力でよじ登れという機能上の配慮です。およそプリウスなどには要求されていない仕様ですが、これによりジープは歩道の段差程度ならえいやと登ってしまうことが可能です。
なお、バンパー中央に開いている穴はエンジンをクランクで始動するための穴ですが、これは第二次大戦中のジープの設計から何となく引き継いだもので、J58のエンジンには始動クランクはありません。

最近のクルマには岩を乗り越えるための設計がなされていない!
お次はサイドビューです。
坂道に差し掛かるときにバンパーをこすらないための、水平面−前輪−車体前端のなす角度(アプローチアングル)と、坂を下りきった時、または坂に上りかけたときにお尻をこすらないための、水平面−後輪−車体後端のなす角度(デパーチャーアングル)は非常に大きく取ってあります。
神社の石段など、プリウスにとっては壁でしかないところが、ジープにとってちゃんと道に見えているのです。
ところが地面の出っ張りを乗り越えるための角度、前輪−車体下部−後輪のなす角度(ランプブレークオーバーアングル)は、マフラーやクラッチの出っ張りのためにやや不足し、三菱ジープの泣き所となっています。登り始めより登り終わりの角に注意する必要があります。
直線的で無骨なシルエットはそれなりに美しく、このクルマの魅力のひとつではありますが、第二次大戦開戦にあたって大急ぎででっち上げた設計のため美的センスに割く時間はなかったものと思われます。
そこはかとなく漂うノスタルジックなイメージは当時の車(T型フォードとか)を思わせますが、そのまた原型が馬車だと思えば納得がいきます。

最近のクルマだったらボディーを継ぎはぎしない! 畳んだ幌骨はうるさい!
三菱J58の時代になって、三菱は道路事情(と自衛隊の仕様)に合わせてジープのボディーを拡大しました。
私のJ58は拡大後のものですが、左写真の矢印のところでボディーを継ぎ足したラインがあります。普通そういう設計変更があったら別部品を作って継ぎ足すのではなく、新しいボディー金型を作るものでしょというツッコミを入れたくなります。長年乗っているとこのラインは錆びの元になります。
右写真はやや上から見たところです。幌を外してフルオープンにした場合、黒い幌骨は畳まれてここに収まりますが、幌骨とボディーが触れ合ってガチャガチャと走っている間じゅうやかましいので、こういう風にタオルで巻いておくことがお勧めです。

最近のクルマのシートは濡れたらどうするか考えてない! これが畳めないとトラックのくせに自転車さえ積めない!
ジープの座席はビニールレザーで出来ていて、雨が降って濡れていてもさっと拭くだけでメンテナンス完了です。裏側はベッドのスプリングみたいな針金のクッションと、天然シュロの繊維でできています。このメンテナンス製の高さ、そしてシートの裏が汚い色のスポンジでない点は隅々まで手をかけて作られたクルマだなあと感心する点です。まあ、ちゃんとした屋根のあるクルマでは気にする必要もないことですが。
シートの手前にある茶色のベルトは、ドアを外した場合のドア代わりとなるロープです。(保安基準25条3項)
なお、助手席は後席への乗降のため右の写真のように2つ折りになって折りたためます。
助手席の真下の黒い大きなものはガソリンタンクです。邪魔くさいわりに容量は多くありません。

クルマに人が合わせるもので、リクライニングはない! 大方の予想に反してトランクはある!
運転者席は折りたたみ機能がなく、単に前に倒れます。
しかもロック機能はないので、運転中ただ単にドライバーの体重で押さえられているだけです。
リクライニング?何ですかそれ?クルマに運転者が合わせるものであって、人に合わせて変形したりする軟弱な機能はありません。その代わりゼロ戦のように乗り手を選ぶわけでなく、本当に万人向けのサイズになっています。おそらく現代のクルマはリクライニングを意識するあまりハンドルが手前に来過ぎ、座面前端が高すぎ、床が浅すぎるのでしょう。ジープの着座姿勢は意外と疲れません。

運転席が前に倒れたら、その下にはトランクがあります。
あまり広くありませんが必要最小限の工具とジャッキ、そして食料(乾パンとカップヌードルタイムカン)などをしまっていました。
トランク下面にはゴム栓があり、排水や掃除のときに開けることを想定しているものと思われますが、ゴム栓をしたままだと(以前は簡易テント車庫に置いていたので)トランク内がいつも湿気ていて錆びの元になるので潔くゴム栓は取っ払っています。

このトランクの一番大事な機能は、ボックスではなくフタの方にあって、ここにはゴムバンドで車検証がくっつけてあります。
ジープの幌は素手で外せるので鍵がかかる場所はここしかありません。

畳む! 開く=座る=しんどい!
リアシートは横向きです。シートベルトはありません。
昔の言い方で2by2ですが、こんな控えめなby2は他で見たことがありません。
後席に乗るときにはロールバーに腕を回してつかまっている必要があります。長時間乗る場合どうなるかは知りません。

運転席ではなく、コックピットだ! 丸型メーターだ!液晶が何だ!透過光式が何だ!カーナビが何だ!
お次はコックピットです。
ジープに乗る理由には大きく分けて次の5種類の人があると思います。
  1. オフロード・トライアルの競技車両として
  2. 山道や冒険ぽいことがが好き
  3. アウトドアの生活にあこがれて
  4. ミリタリーっぽいものが好き
  5. 特定の政治思想を持っている
私は上記のうち山道60%、アウトドア20%、ミリタリー20%ぐらいでしょうか。
シンプルにして機能的なもの、今の車が失ってしまったプリミティブな側面を持っているのは、味わってみて初めてわかるところです。

このコックピットを見れば、現代のクルマに何が余分かということがよくわかります。
丸型メーターが5つ並んでいるのは、丸型メーターマニアとしては非常に美しく魅力的です。
このメーター、透過光式ですらありません。
メーター上部中央の黒い出っ張りに電球が入っていて、ここからメーターを照らすようになっています。
なお、その電球が入った出っ張りの右側のノブはチョークレバーです。冬季の始動時にはこれを引かないとエンジンをかけることさえ出来ません。

ウインカーレバーにスイッチをゴテゴテつけない! 丸型メーターだ!増設してしまった!
ウインカーレバーはただの鉄棒です。今日びのウインカーレバーに慣れていると、いかに無駄な機能が付いているか目が覚めます。
丸型メーターについては、スピードメーター以外あまり動きのないメーターなので、後日よく動くメーターを増設しました。
下がLAMCOのタコメーター、そしてハンドル軸にしがみついているのはBLITZの吸気負圧計です。

一番下のレバーはどんな車にも付いてないじゃろ! シンプル・イズ・ベスト!
クルマを操作するレバーは、先ほどのチョーク以外はここに集まっています。
一番上がワイパー、速い・遅いが選べて、ひねるとウォッシャー液が出ます。
真ん中がライト、ひねるとパーキングライトが点きます。
一番下はアクセルペダルに関係なくエンジンの回転数を上げるスロットルで、ジープを動力車や電源車に使うときのレバーです。これは今日びの乗用車にはない画期的な機能ですが、私は実用的な使い方をしたことがありません。

インジケーターのランプは写真右の3つと、ウインカー、ハイビーム警告灯しかありません。
今日びの車にはシフトポジションランプ(そんなん、ギアを入れた手が覚えてるよ!)、排気温警告灯(触媒ついてないよ!)、ウォッシャー液警告灯(済んだらわかるよ!)、燃料残量警告灯(メーター見てるよ!、)ECU警告灯(ECUねえよ!)、エアバッグ警告灯(ねえよ!)…と、あらゆる警告灯が付いていますが、ジープには無用です。

この警告灯の右側にある茶色い爪のようなレバーがこれまた三菱ジープJ50系にしか付いていないもので、左右にあるこのレバーを引っ張って開放すると、フロントガラスが前方に倒れます。JEEPの機能の中で最高に楽しい部分です。

この車で一番ハイテクな機器がこれだ! 最高時速120キロ!
さて、ハンドルの左に目を移すと、レトロな外観と操作性のAMラジオが付いていますが、何を隠そう、このクルマで一番ハイテクな機器はこのAMラジオなのです。
純正状態でこれ以外の機器にトランジスター(とかICとか、それ以上のもの)が使われているところを私は知りません。

ラジオは「もう売ってない」という意味ですごいわけですが、それより私が強調したいのは、これ以外にトランジスターを使っていないという理由でこのクルマはEMPに耐えるということです。
EMP?…って何だ?という方々がほとんどでしょう。それは核兵器が爆発した時に生じる強い電磁パルスのことで、電子回路を焼き切ってハイテク機器を破壊します。
核兵器が(車体が吹っ飛ばない程度の)近所で炸裂しても、このクルマはレトロなAMラジオが壊れるだけで、全ての車が動かなくなった世界を平気で走ることが出来るのです。(ガソリンスタンドが営業しているならば…ですが。)

なお、ラジオの右上がシガープラグ、その上はハザードスイッチと空調ファンのスイッチです。
下のレバー2本は空調の外気吸入、デフロスターを操作するレバーですが、スイッチではなく、ケーブルを介して内部のフタを開閉するようになっています。
エアコンはありません。暑ければドアや屋根を外して走るだけです。ヒーターは並みのクルマよりは3倍ぐらいよく効きます。

さらに目を左に移すと写真右の注意書きが目に入ります。これはグローブボックスのフタに貼ってあります。
このステッカーがあるからタコメーターはいらないわけですね。最高速度120km/hです。(そんなに出すと曲がりません止まれません。)

開けておけば勝手に掃除ができる穴だ!
さて、足元に目を移せば、アクセルペダルの脇にはピンポン玉大の穴がポッカリ開いています。
本来はここにゴム栓がしてあって、フロアマットも敷いてあるのですが、水がたまって錆を誘発するので潔く取っ払ってあります。
この穴にはいわばセルフクリーニング機能があり、雨が降りこんでも、靴に付いた砂で床がザラザラしても、いつしかこの穴から出て行ってしまいます。(ってそこ、自慢する機能か?)
運転中に500円玉を落とした場合、そのうちこの穴から出て行ってしまうと思われます。

縦置き! アクセルを踏む爪先でキャブと対話する!
J58号のエンジンは4G52、縦置き、直列4気筒、OHC、ガソリン1995cc、100PS、最大トルク17.0kgmのアストロンエンジンです。
アストロンエンジンはギャランGTOにも搭載されていますが、GTOの場合シングルキャブで115PS、ツインキャブで125PSとなっています。
ジープのエンジンはむしろダンプカーのキャンター、マイクロバスのローザと共通性が高く、トランスミッション周りまで共通する構造となっています。
エンジンのフィーリングは現代の電子制御エンジンとはちょっと違っていて、アクセルペダルの要求にダイレクトに答えない場面があります。
キャブレターを流れる空気量を意識して、はじめはジワッとアクセルを踏み、回転が上がってからアクセルを踏み足す、というアクセルワークを身に着けると、軽量なボディーとあいまって軽快な走りをすることができます。

ディストリビューター! ポイント!
左の写真はディストリビューターです。この黒いフタを開けると中にポイントが入っています。
エンジンのフィーリングが気になった場合、ポイントを磨くことでエンジンフィーリングが見違えるように向上することがあります。

永井のセミトラだ!
上の写真は後付けで永井電子機器のセミトランジスター点火システムを導入したところです。(前述のEMPには耐えないかもしれません)
以前のポイント式のフィーリングと比べたことはありませんが、始動直後のガクガクした感じがなくなり、全体的にスムーズに吹き上がっている気がします。もう新品を売っているのは見かけませんが、導入するチャンスがあるなら価値あるデバイスだと思います。

フロントガラスはしばっておくんだ!
ジープJ50系の最大の特徴は、フロントガラスが前に倒れてしまうところですが、この状態で走ると前方視界が広すぎることによるちょっとした恐怖感と、異常なくらいの爽快感が味わえます。
これを私の友人は「ユーノスロードスターのオープンは外の道を裸足で歩く感じというが、これではまるで裸で外を歩いているようだ!」と評しました。この爽快感は異常です。
フロントガラスは前に倒した場合、そのままでは暴れてボンネットを凹ましたりしそうですから、写真のベルトでしばっておくようになっています。

鍵はかかる、が、意味はない!
幌のドアには意外なことに鍵がかかるようになっています。しかし、幌そのものがベルトとファスナーで開けられるのでセキュリティ的な意味はほとんどありません。開けて欲しくないぞという意思表示に過ぎません。
窓は開きません。(後のモデルでは開くようになっていますが、ビニールの窓が室内にべろんと垂れ下がってきて、丸めて留めておくようになっており、かなり不細工です。)
代わりといっては何ですが、窓の下にファスナーが付いており、大急ぎの時にはここから手を出してガソリンスタンドの釣り銭ぐらいは受け渡しできます。高速道路の通行券をうけとることはたぶん出来ないでしょう。
このドアは90度開いた状態で固定軸を外し、エイヤと下に引っ張ると2秒ほどで外すことが出来ます。

これだけシンプルだと故障はなかろう!
幌はファスナー、ベルト、ホックで止まっており、約10分ほどで脱着ができます。近年の電動オープントップなどとは対極の構造です。幌の格納場所は荷台。もしくは車庫の片隅です。
幌骨は写真のようなピン4ヵ所で固定されており、ピンを抜くとずっと上の写真に出てきたように折りたたまれます。

戦いに臨むためのフォルムだ!
さて、こうしてJeepを丹念に見てみると、単に古いクルマなのではなく、戦場へ赴くために徹底的にシェイプアップされた虚飾のないフォルムであることがお解りいただけたかと思います。
徹底した軽量化、故障の少ない機関、無駄な機能の排除、このクルマは屋根やフロントウインドウでさえ付録に過ぎないのです。
武器(Arm)でこそありませんが、これは兵器(Weapon)であることに間違いありません。
こんなマシンで通勤するなんて、暑くても寒くても少々雨に濡れても、無上の贅沢と言えるでしょう。

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