分校の四季(冬の章)

-そして小さな春-


そして分校に冬がやってきました。
雪国ではよくある話、「冷蔵庫は凍って欲しくないものをしまうところ」というのは、ここでは、当たり前のことだそうです。
山や畑は雪に閉ざされてしまいますが、道路が雪に閉ざされてしまう日数は案外多くなく、そんな日には私のスポーツカーはは4輪にチェーンを履いて、いっそう元気に新雪の雪道を駆け上がっていました。

外の寒さは確かに厳しいものでしたが、思い出には暖かい教室、神社で拾ったぎんなんのささやかなおやつ、ゆったりと流れる時間、仕事の終わった後の温かいコーヒー、思い出には数多くの暖かい思い出が残っています。

ある雪の日の掃除の時間、駐車場の雪かきをして、子どもたちに集めさせた雪で亀のこうらのような薄っぺらなかまくらを作りました。
雪国の子どもたちにかまくらの作り方を指導する先生と言うのも妙です。しかも掃除をさぼっています。

そしてかまくらが完成した時に、私は急に、「ああ、これが幸せなんだ」という奇妙な感覚におそわれました。
新聞もない、テレビもない、食事は自分で作る、一人暮らし、そして厳しい冬。
そんな中で暖かい人たちと豊かな自然、そして子どもたちの笑顔に囲まれて、その時確かに幸せでした。


年が明けて1月のある月曜日、学校に行くなり子どもたちが、昨日は「注文の多いおじさん」が来て大変だった、と口々に話し始めました。
なんだいそりゃ、宮沢賢治の童話ですか?

何でも日曜日は、子ども会と称して子どもたちが校庭でいろいろと遊ぶ日になっているようです。
遊びのメニューは、たかおにとか、かくれんぼ、なわとび、一輪車などでしょう。

あれから20年後のきょうびは子供会というのは大人がついていろいろと世話をしてやらないと喧嘩をしたり不審者が出たり、ほっといたらゲームばかりして昔の遊びなどしないものと相場が決まっていますが、この子達は子供会を開催したら次々と遊びが湧き出してきて、寒い校庭でも心ゆくまで遊びにうち興じられるのです。

そこに1人のおじさんがカメラを引っさげてやってきたそうです。
おじさんは子どもたちの遊ぶ姿をカメラで撮っていましたが、しばらくするとさえぎって、「今の遊びをもっとコッチに寄ってもう一回やってくれ。」などと言い出したのです。

子どもたちは、「えぇ〜。」と思いながらもおじさんの指示に従っていましたが、しばらくするとまたさえぎられて、「さっきの遊びの方がよかったな。なわとびじゃなくてかくれんぼをやってくれ。」などと遊びの種類まで指定し始めました。
子どもたちはそれでも我慢しておじさんの指示に従っていましたが、ついにくたびれて逃げ出し、子ども会は早々に解散してしまったそうです。

その話を聞いて私も、結構憤慨しました。
山里の子だからといって、神庭の滝のサルでも受けないような扱いをしてもらっちゃいけません。子どもの遊ぶ姿はは心のままに興じているから美しいのであって、あれこれ注文を付けられてふてくされている子どもたちの表情がわからないようではカメラマン失格です。
この子達のささやかな楽しみをぶち壊した罪は重いと知りなさい。

実はその後1年経って、この「注文の多いおじさん」本人に偶然出会ったことがあります。
「ああ、あの子達ね。写真を送ってあげようと思っていたけどまだ送れていませんね。」
退職された小学校の先生でした。写真を送ってあげなくても構わないが(その後送ってあげたとも思えないが)、二度と私たちの大切な子どもたちの邪魔をしないでもらいたいものです。


さて、春が近くなってきました。
山は相変わらず雪に閉ざされていますが、雪が少しずつ少なくなって、雪解け水で川の水が増えてきます。雪も0℃、雪解け水も0℃なわけですが、次第に春が近づいてくるのが感じられます。

そんなある日、子どもたちが「先生!山にすごいきれいな花が咲いている!」と、分校の裏の竹やぶに私を誘いました。
子どもたちは私がカメラマンをやっていることをふだん面白く思っていないはずですが、こういうときは美しい瞬間を残してもらいたいのでしょうね。
放課後を待って、早速子どもたちと一緒に竹やぶの斜面をよじ登りました。
竹やぶはまだ靴が埋まる程度の雪に覆われています。
私は、子どもたちのはしゃぎ具合からてっきりアマリリスとか白百合のようなでっかい花が咲いているものだと思っていましたが、雪の割れ目に咲いていたのは、小指の爪ぐらいの大きさの、見たことのない花でした。


図鑑で調べると、「オウレン」の花だそうです。
私なら見過ごしてしまいそうな小さな春ですが、子供たちは雪を割って花開く、この小さな小さな春に最大限の賛辞を贈るのです。
私はその感性にとても感心しました。
この子達もそれほど現代の子どもたちと違った暮らしをしているわけではありません。ただ、自然とともに生き、自然に抱かれているので、自然が見せるこんな小さな表情の変化にも気づくことができるのでしょう。

本格的な春が訪れ、桜のたよりも聞かれる季節になって、私は分校を離れ、次の仕事につくことになりました。
結構いろんなことに気がつくくせにのんびり屋さんのミキちゃん(仮名)。生真面目で何事にも一生懸命なサオリさん(仮名)。一見真面目でぶっきらぼうだけど好奇心旺盛なサトちゃん(仮名)。そして穏やかで経験豊富なM木先生(仮名)。そして私。この5人で過ごした1年は本当に夢のような1年でした。
幸せだったか。といま問い返せば、人生で最高に幸せだった1年だったと言えるでしょう。
あの頃の私に比べれば、今は思いもかけないところで思いもかけない仕事をしている私ですが、心の中は今でも、山の小さな分校のたった2人の複式学級の先生のままだったりするのです。

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