ボッカ(歩荷)体験記  ・・・原文です・・・


 「いくら登山が好きでも20キロは無理なんじゃない。15キロ位にしとけば・・・」
昨年夏、鳥取県大山(1729b)登山中にビール、ジュース等を頂上小屋へ荷揚げして いる青年に出会った。話を聞いてみると学生アルバイトで昨日は40キロ、今日は38キロ を背負っていると言う。時々両膝に両手を付いた前傾姿勢で休んでいる。かなりしんどそう な重労働だ。私は自分の体力を確認する為、その仕事を一度やってみたいと店の人に 申し出た時、最初に言われた言葉だった。

 確かに登山歴は3年程しかないが、日頃からトレーニングルームに通いスイミングもして、 自分では体力年齢20代を目指していたので(実年齢46才)、20キロで挑戦すると 言い切ってしまった。20キロと言えば350ml缶ビールが2ケースとカップヌードルが 1ケースだけである。ところがジュラルミンの背負子が約3キロ、自分の荷物が約5キロ (自分用に冷えた缶ビール1本を含む)計28キロになってしまった。見た目には少ないが 車社会の現代でこんな荷物を担いで歩いている人は見たことがない。いざ背負ってみると 意外と大丈夫、格好だけは一人前のボッカになった。 2〜3日のテント泊で縦走する場合、この位の荷物になるらしいから訓練のつもりで頑張ろう と店を出た。店のおばさんの「行ってらっしゃい」という言葉とともに『大丈夫かな〜』という視線 を感じながら、午前8時出発。

ボッカイラスト  夏山登山口から階段を一歩一歩登って行く。
背負子には腰ベルトが無いので、荷物が全て肩に掛かってくる感じだ。 『肩が・・・、肩が痛い!』 知らず知らず左右の手で背負子の下部を支える姿勢で歩いている。 9月になったというのにまだまだ暑く、好天が恨めしい思いだ。 周りの景色を眺める余裕など全く無く、視線は足元に集中したままだ。トレーニングルームの 体力測定はあてにならないと悟った。こんなしんどい事しなければ良かった・・・2合目付近で予想 外の早すぎる後悔が始まった。登山者と交わす「おはようございます」の言葉が段々おっくうに なってきた。流れる汗、激しい心臓の鼓動、肩に荷物が食い込む。こんなありきたりの表現が ピッタリなのが情けない。背負子という奴は荷物が沢山担げるようには作ってあるが、担ぐ人間の事は 考えてないことが分かった。しかも重心を上げたいのに軽い荷物を下にすると商品が潰れてしまうので 、なかなか重心を上げることができないのだ。同じ重量を担ぐならザックの方がきっと楽に違いない。

 こんな筈じゃなかった・・・山頂まで行けるかなぁ。引き返す訳にもいかないし・・・
何かコツがある筈だ。友人のガイドが言っていた『重い荷物は腰で担げ!』の言葉を思い出す。 腰で担ぐイメージで「ゆっくり、ゆっくり・・・」「息をはいて、はいて・・・」と自分に言い聞かせ ながら登っていく。これじゃあまるで体育会系山岳部の訓練じゃないか!?

 やっとの思いで6合目避難小屋にたどり着いたのは午前9時50分。途中何回休憩したことだろうか、 2時間近くかかってしまった。 ベンチに荷物を降ろしたとたん、思わずため息が出た。これが本当の『肩の荷が降りた』と言うやつだ。 本職のように5〜60キロの荷物ならいいが、この量では恥ずかしくて隠れて休みたい気分だ。 必ず登山者が「何キロあるんですか?」と聞いてくる。「30キロちょっとです」と見栄を張って しまう自分を苦笑い・・・

 休憩もそこそこに逃げるように重い腰を上げ、また登り始めた。『足の筋肉頑張れ。心臓よ負けるな! この荷物を待っている人達がいるんだぞ』まるで自分が映画の主人公になったような気分で、自分自身に 言い聞かせる。こんな青臭い気持ちになる所が残っているのは、まだまだ精神は若い証拠だろうか?

 8合目を過ぎて植生保護の為に設置された木道に差しかかり、登山道の傾斜が緩やかになるにつれて 急に楽になり、周囲の景色を眺める余裕も出てきた。緑の絨毯のようなダイセンキャラボクがもう 赤い実を付けている。2〜3ヶ口に含むとその甘さが体の疲れを取ってくれるようだ。可憐なピンク のシコクフウロが風に揺れ、優しく語りかけてくれているようだ。山頂に近づくにつれ強くなる涼風・・・ 風ってこんなに気持ちいいんだぁ。「こんにちは」と交わす言葉も軽くなり、少々自慢げな自分を 笑ってしまった。

 出発から3時間、三角屋根の頂上小屋が見えて来た。小屋のおじさんが笑顔で迎えてくれた。 『お疲れさん』 冷えたビールで乾杯! 「うっ、うまいーっ」久しぶりに味わう達成感だった。 私はやはり体育会系の人間なんだろうと再確認した。しばしの間充実感に浸るとともに、 次回は30キロに挑戦しようと決心していた。

 昼食後、しばらく休息すると日頃のトレーニングのお陰か、体力はほぼ回復した。 極端に軽くなった背負子はまるで何も背負って無いようで、飛んで歩いている感じだ。 身軽になったので剣ヶ峰から天狗ヶ峰、ユートピア小屋へと縦走して、上宝珠沢の 砂滑りを元谷へと快適に下山した。店に戻ると来週はもっと荷物を増やしてやってみたいと伝えた。
「したいんなら、やってみたら・・・」あきれ顔の奥に優しさを見たのは私の勘違いだったのだろうか。

 それから売店が閉鎖される11月中旬まで、ほぼ毎週ボッカと言うより修行の世界が始まった。2回目 は計35キロ、3回目は計40キロ・・・最高は45キロまで頑張ったが、その度に自分用の荷物は 減っていった。しかし何は無くとも冷えた缶ビールだけは欠かさなかった。荷揚げの後、山頂で飲む ビールという液体が、私を癒してくれる唯一のものに思える。トレーニングと考えれば42〜3キロが 今の私には適量のようだ。

 しだいに登り方のコツも分かってきた。『ゆっくり登る』が基本だが、 特に初めの20分位をいかにゆっくり歩いてウォーミングアップするとともに良いリズムを作るかで ある。そして酸素を体内にたくさん取り入れる為に、吸うことよりはしっかり息を吐くことが大切 である。一度バテルと人間の体はなかなか回復しないので、そうなる前に休憩し、バテナイように 歩けばいい訳である。これがなかなか実行出来ないのが山登りの難しさでもある。

 ボッカをしているとこんな私でもよっぽど山のベテランに見えるらしく、色々な質問を受ける羽目になる。 初めは「知らないんです」「ちょっと分かりません」などとごまかしていたが、これではいけない、 もっと親切丁寧なボッカになろうと思うようになった。地元の人間でも無いのに、大山の魔力が 効いてきたのだろうか。周囲の山々、草花の名前等を勉強して覚えるようになった。 山から学ぶべきものは多く、奥が深い。知らない質問を受ける度に知識が増えていった。 ボッカで頭も鍛えられるとは知らなかった。

 山の標高と荷揚げの苦労に比例するかのように、山頂小屋で買うビールやジュース等はかなり値段が 高い。しかし不思議なことによく売れる。普通の登山者なら自分の食料、飲料水等は持って登る 筈だから、いかに観光気分の人達が多いいかを物語っている。それとも頂上小屋には売店があると知って いて、荷物を少しでも軽くしようと持って来ないのだろうか。確かに手ぶら同然の人達を時々 見かけるが、山を『ナメテイル』としか思えない。売店が閉まっている時もあるのに・・・  観光客が増えるにしたがって登山道周辺のゴミも増えるようだ。食べたり飲んだりすれば荷物が 軽くなるのだから、『ゴミくらい持って帰れよ』と叫びたい。捨てる人の気持ちが分からない。 いくら拾っても拾っても追いつかないのは残念である。

 ボッカをきっかけに山のさまざまな姿を垣間見て、以前より身近に感じるようになったのに、 それとは裏腹に山の観光化の片棒を担ぐ事になってしまったのだろうか?

 自問しながらも、山頂のビールの味を思い出して、今年のカレンダーを眺めている・・・

 



 後日、記念として、原稿料にプラスアルファし、登山靴「ローバー・サレックGTX」を買いました。
    う〜ん、革靴は最高です!

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