ひびきのさと便り



No.44 「少年による親殺し」   (2005.8.14.)


 少年(少女も含む)が自分の両親を殺害するという事件が、目立つように思えます。
 例えば、この六月二十日には、建設会社の社員寮の管理人夫婦が殺害され、時限式装置でガス爆発が起こされました。犯人は、息子の高校一年生十五歳の少年だったことが判明し、逃げていた草津温泉で逮捕されました。動機は、父親については、いつもこき使われ、その上父親から馬鹿にされていたから、また、母親については、やはり父親にこき使われ、えらいから死にたいともらしていたから、というものでした。
 また、新聞記事となり、私の記憶に残っている事件で言いますと、二年前の平成十五年十一月に大阪府河内長野で、十八歳大学一年生の男が、殺そうと思って、両親と弟の三人を包丁で刺し、母親は死亡、父親と弟は重症を負うという事件がありました。動機は、交際中の十六歳の高校一年生の少女と共に、両方の家族を殺して、二人きりで居れる場所が欲しかったからというものでした。
 さらに、五年前の平成十二年六月に岡山県の十七歳高校三年生が、母親を野球のバットで殴り殺す事件がありました。動機は、いじめを受けていた野球部の後輩四人をバットで殴り、重軽傷を負わせたのですが、殺したものと思い込み、母親に迷惑がかかるので、殺したというものです。
なぜ、こうもやすやすと自分を産み、そして育ててくれた親を殺してしまうのでしょうか。
 実は、この随筆を書くのに際して、本誌『こころのとも』でも既に「親殺し」を取り上げたことがあると思い、調べてみましたら、やはりありました。それは平成十年(第九巻)一月号でした。「親子平等と親殺し」と題するものです。お手元にお持ちの方は、ご参照いただければ幸いです。ない方はインターネットでご参照下さい。
 その随筆によりますと、もう既にその時に、話題として取り上げた記事がきわめて小さなものになっていたようです。つまり、余程でないかぎり、親殺しにニュースバリューがなくなって来ていたようなのです。
 ということは、ニュースにならなくても、もっと親殺しがあるのではないかと思い、インターネットで調べてみました。警視庁のホームページにありました。「生活安全の確保」の「少年非行等の概要」というところに、平成十三年から平成十六年の四年間の少年による凶悪・粗暴な事件が載っていました。その中から、親殺しを探しましたら、びっくりするほど多く見つかり、驚きました。尊属を含めて、殺人、殺人未遂、傷害致死を、年代をおって順次、簡単に紹介してみます。


○平成十三年
 1)女子中学生(14歳)による継父殺人未遂
 2)無職少年(16歳)による実父殺人
 3)中学生(15歳)による実父傷害致死
 4)中学生(13歳)による実母傷害致死
 5)小学六年生(11歳)による実母殺人
 6)中学生(13歳)による実母傷害致死

○平成十四年
 1)無職少年(19歳)による実母殺人
 2)高校生(15歳)による実祖父母殺人未遂
 3)高校生(16歳)による祖母殺人
 4)女子中学生(15歳)による実父殺人未遂
 5)無職少年(16歳)・中学二年生(14歳)による実父  傷害致死

○平成十五年
 1)高校生(17歳)による実母殺人未遂
 2)高校生(17歳)による実父殺人
 3)女子高校生(16歳)による実父母殺人・殺人未遂
 4)大学生(19歳)・女子高校生(16歳)共謀による大 学生の実母殺害、実父と実弟殺人未遂及び強盗
 5)高校生(17歳)による実母殺人未遂
 6)中学生(14歳)による両親殺人未遂・自宅放火
 7)中学生(13歳)による放火・祖父傷害致死

○平成十六年
 1)中学生(15歳)による実母殺人未遂
 2)高校生(15歳)による実父、実妹殺人未遂
 3)無職少年(19歳)による実父殺人・放火
 4)無職少年(19歳)による実父母殺人
 5)中学生(15歳)による実母殺人
 6)大学生(19歳)による実母殺人


 この他にも、家族内の凶悪な事件は、たくさんあります。一つだけ挙げますと、例えば十六歳の男女が二人の間に生まれた嬰児の口と鼻を塞いで窒息死させ、死体を公園に埋めるといったものです。しかし、ここでは対象を家族内でも特に尊属に限っていますので、これだけですんでいます。
 私は、これらの事件を見て、深い驚きを禁じ得ません。 親殺しにニュースバリューがなくなっているとは言え、最初に挙げました有名な事件以外に、こんなにも父母や祖父母に対する殺人や殺人未遂や傷害致死が多いとは、全く知りませんでした。
 何としたことでしょうか。
 親は、子に対して社会秩序や道徳を直接的に提示する役割を担っています。それは、規範性や倫理のモデルとなるということです。ですから、子がその両親や祖父母(尊属)を殺すことは、家庭秩序崩壊、規範性・倫理性喪失のシンボルなのです。家庭のあり方につきましては、本誌でも何度も取り上げたと思いますが、こうまで多数の尊属殺しが発生し、こうまで家庭の秩序が崩壊しているとは、夢にも思いませんでした。
 家庭は、人間のあり方の根幹にかかわることです。なぜ、こうまで親の権威がなくなり、家庭の秩序(引いては社会の秩序)が崩壊したのでしょうか。家庭や社会の秩序が崩壊することは、即、人間自身の精神が崩壊したことを示していると思うのです。
 私は、かつて親の権威をなくする直接的な出来事を指摘したことがあります。
 それは、昭和四十八年になされた、尊属殺重罰規定を憲法違反とする最高裁の判決です。そのことを「『人権と平等論』ノート」(一九九九 鳴門教育大学学校教育研究センター紀要 十四号)という論文の中で指摘しました。詳しくは、その論文をご覧いただきたいと思います。お手元にない方で、読んでみたいとお思いの方は、ご請求下さい。抜き刷りを差し上げます。
 その要旨を申しますと、法律論で恐縮ですが、刑法では、二〇〇条に「自己または配偶者の直系尊属を殺したる者は死刑または無期懲役に処す」という規定があるのですが、これが、刑法の上位規定である憲法一四条一項「すべて国民は、法の下に平等であって、(途中略)社会的関係において、差別されない」という条文に違反しているというものです。一般殺人規定の刑法一九九条は「人を殺したる者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処す」とあるのに、刑法二〇〇条は、一九九条にある「三年以上の懲役に処す」という規定がなくなっていて、子(卑属)であるが故に不当に刑が重くなっているのですが、それが、憲法の保障する法の下の平等に反するというものです。
 憲法は確かに、あらゆる個人は平等(ないし同等、対等)であると規定していると思いますが、実は、それが間違いだと思うのです。
 社会秩序や人倫(道徳)を守るためには(日本のように「信仰」の廃れた国では)少なくとも家庭には上下の秩序があることを「法律」によって規定する必要があるのです。儒教では、「長幼の序」とか、「親への孝行」とか、「親の恩」とかを説いていますが、社会秩序を保つためにはそうした考え方が必要なのです。余談ですが、中国では、親を殺すどころか、親に手をあげたり、足蹴りしただげで、最も残忍とされる背中の皮はぎの刑に処せられたと言います。公開でさらされ、一週間、悲鳴をあげながら死んでいったそうです。
 倫理や道徳の根幹は、自分が他者(究極には仏や神)によって生かされているという意識なのですが、基本的な、そういう意識を養うのが、家庭における親の役割なのです。その役割を果たすとき、その結果として、親に権威が発生するというわけです。そして、究極的には、ご理解いただけないかも知れませんが、それは、自分を超えた力を信じる、いわば信仰心を生むことにつながっていくのです。
 前述しました、長幼の序とか、親への孝行とか、親の恩とか、親への感謝の気持ちなどは、親のお陰で、自分がこの世に生まれ、そして、親によってこれまで世話をされ、育てられて来たという思いです。家庭の秩序や社会の秩序を保つためには、そうした気持ちを養うことが大切なのです。
 ですから、こうした子育てを人々に啓発し、奨励することが必要になるのですが、啓発・奨励だけでは限界があります。それらの上に、その気持ち(社会秩序)を無視した行為をする者は法律で罰する必要があるのです。
 ところが、日本の社会には信仰がありませんし、こうした子育て・教育もありません。また、これまで見てきましたように、尊属殺人を重罰に処すという規定も無視されることになりました。
 ここに、子どもの規範性(他者性)が希薄化し、具体例を挙げました子どもによる親殺しのような、従来では想像もできない凶悪な事件が頻発するようになった、根本的な原因があるのです。
 ですから、こうした将来を担う子どものこころの荒廃から、引いては将来の日本を社会崩壊から救うには、早急に、家庭教育や学校教育のあり方を、前述の条件を満たすように変えていかなければなりません。あるいは、子どもは親の鏡ですから、まず、大人たちの考え方や生き方を変えなければならないのですが、でも、大人を変えることはとても困難です。ですから、子どもの教育制度を変えることから始めるべきではないでしょうか。
 その根本は信仰心を養うことなのですが、それには、まず、民主主義教育を改め、権利と義務のバランスをとることから始めなければなりません。いな、ここまで民主主義と権利の主張が行き過ぎますと、義務(神の義)をこそ、教育の中心に据えなければならないのです。
 最後に、余談になるかも知れませんが、先には中国では親への暴力行為をどう処罰して来たかを見ました。では、日本ではどう扱われたのでしょうか。儒教が同じように尊重された江戸時代について見てみたいと思います。
 このために、世界大百科事典のCD版で親殺しを調べてみました。ありました。それは「逆罪」という見出しの中に次のように出ていました。引用させて頂きます。    *    *    *    *    
【逆罪(ぎゃくざい)】江戸時代の犯罪類型。主人・親に対し、従者・子が反抗して殺傷におよんだものをいう。きわめて重く罰せられ、《公事方御定書(=幕府の裁判の基本法)》は、主殺には・・・(途中略)・・・、親殺には引廻のうえ磔(はりつけ)の刑を科した。逆罪には旧悪免除(=時効)の適用はなく、赦(=恩赦)も行われない。一方で縁坐の制(=親や子などの縁者を同罪にする)を最後まで保持したのが、主殺・親殺であった。主従・親子の関係は、幕藩社会における基本秩序として、刑法上も厚く保護されたのである。
    *    *    *    *    
現代にも学ぶべきものがあるのではないでしょうか。


※前回に続き、今回は『こころのとも』第十六巻七月号の自作随筆選「少年による親殺し」を、内容の緊急性が高いと思われましたので、ここで特別に掲載しています。


                    NO.43へ       戻る