10000円の電池

-新500円玉に対する疑念-

先に新2000円札に対する疑念について披露しましたが、私は新500円玉についてもいささかの疑念を持っていました。
それは、材料に亜鉛を混入することにより、腐蝕に対する抵抗性が落ちているのではないかというところです。
正直言って、隣国の貨幣が日本の貨幣に酷似しているからといって、日本がゆずって慣れ親しんだ貨幣を変えてしまったことに多少の口惜しさもありました。これで新貨幣の品質が劣るなら許せないぞというところです。

そこで早速新500円玉の耐久テストをやってみることにしました。
と、言っても夏の盛りに汗ばんだズボンのポケットに数日間入れておいただけでしたが。
結果は、(使ってしまったのでここでお見せできないのは残念です)淡い黄金色の貨幣が醜く緑がかった黄色に変色してしまったのでした。
お役所に文句を言うのが大好きな私は(正当な理由がない限りやたらと真似しないようおすすめします)早速造幣局と大蔵省にメールで試験結果を報告申し上げて、耐久性についての充分な検討がなされたのかどうか問い合わせました。

造幣局のお返事はこうでした。(謹んで引用させていただきます)

貴殿のご質問については、大蔵省から回答が行われますので、
今しばらくお待ち願います。

貴重なご意見ありがとうございました。

大蔵省造幣局
造幣広報官
E-mail: pub@mint.go.jp

しばらくして、大蔵省からのお返事はこうでした。(謹んで引用させていただきます)

大蔵省ホームページへのアクセスありがとうございます。9月1日にお寄せいただいた質問についてご回答します。

 新500円貨幣につきましは、外国貨幣の不正使用の防止と偽造防止対策を第一に開発した貨幣であり、旧500円貨幣とは異なった材料からできています。
 旧500円貨幣に使用されていた白銅は、諸外国の貨幣にも多く使用されている耐食性に優れた材料でありますが、その反面、材質が同じでよく似た寸法の貨幣が世界中に流通しているために、材質を検知する自動販売機の検銭機構を通過するトラブルが多々発生しました。
 その対策として、諸外国で使用されている貨幣用合金について調査を行い。他国で使用されていない組み合わせの様々な合金を作成して、諸性質の調査を行い決定したのが今回の新500円貨幣の材料です。
 諸性質の調査の中では、偽造防止の為に旧500円貨幣と同じ白色合金ではなく有色合金を選択するほうがよいという条件もありましたし、もちろん耐食性についての検討も行っております。
 概して、有色の銅合金は白銅に比べて耐食性に劣るので、その中でも耐食性を向上させる合金元素であるニッケルを可能な限り増やした合金としての今回の材料を選択しました。
 たしかに、白銅と比較しますと変色しやすい材料ですが、様々な条件を総合的に勘案しますと、今回の新500円貨幣の材料は、選択し得る中で最適に近いものであると認識しております。
 なお、詳細については、造幣局にお尋ねください。

 大蔵省造幣局 造幣広報官
  ホームページ:http://www.mint.go.jp/
  E-mail: pub@mint.go.jp

今後とも大蔵行政にご理解とご協力をお願いいたします。

大蔵省大臣官房文書課
行政相談官  寺谷 正美

これは非常に丁寧なお返事をいただきました。2000円札に苦情を申し上げたときの小渕総理からの返電にも感動しましたが、お役所が私の寝言に真剣に答えてくださったというのは、すごいことだと思います。
大蔵省のお返事でも、耐久性については充分試験してあるとのことでしたが、変色しやすい点についてはいくらか気にしているようです。

造幣局のいう詳細とは、これ以上お役所を煩わせるのもいけないことなので、Webによる訪問で確認しました。(謹んで引用させていただきます)(くどいって)
============ 新500円貨について ============

   平成12年1月28日、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律施行令別表第1第6号が改正され、新500円貨の形式等が定められたので、お知らせします。
  素      材      ニッケル黄銅
  品      位      1000分中銅720、亜鉛200、ニッケル80
  量      目      7グラム
  直      径      26.5ミリメートル
  そ  の  他       斜めギザ、潜像等を導入(下図参照)

      (参 考)    斜めギザ
                貨幣側面のギザを斜めにすることで偽造抵抗力が向上します。
                新500円貨は、世界で初めて斜めギザを施した貨幣です。
               潜   像
                見る角度によって数字が見え隠れする潜像加工を施しました。
                (二つのゼロの中央には、見る角度によって500円の文字、あるいは縦の線が現われます。)  

この他にも微細線加工、微細点加工が施してあって、ハイテク満載カラクリてんこ盛りになっています。(2000円札も8つぐらいの秘密があってこれでもかというところが笑えます)
私が気にしたのは、この亜鉛20%というところで、金属のさび易さでは亜鉛はトップクラスになっています。知る限り並べてみるとアルミニウム、亜鉛、鉄、錫、銅、銀、金、プラチナということになります。アルミニウムの上はマグネシウム、カルシウムやカリウム、ナトリウムなどで、水をかけたら爆発するような金属です。ニッケルは多分鉄よりまし、錫より劣るところでしょうか。
私にはどうしてもこの並びで金やプラチナからほど遠いものが日本の最高額の貨幣に使われるというのが納得できなかったのです。もちろん、亜鉛単独では激しく錆びて貨幣としては使い物になりません。鉄の貨幣を作るよりもっとひどいことになる。といったらわかりやすいでしょうか。最低額貨幣のアルミ貨については特殊な酸化膜が自然にできるため、柔らかすぎる点をのぞいてはけっこう使い物になっています。

銅の合金には黄銅、青銅、白銅、それに赤銅などがあって、銅に他の金属を混入することで、いろいろな性質を引き出しています。
青銅は銅に2〜34%の錫を混ぜたもので、ブロンズと呼ばれるように古代青銅器からブロンズ像までさまざまなものに使われています。10円銅貨は正式には青銅貨です。またオリンピックの銅メダルはcopperメダルではなくbronzeメダルなので青銅メダルと呼ぶべきなのですが、日本の皆さんはなぜかそれに目をつぶっています。ブロンズ像や青銅器が青いのは錆のためで、実際は錫の含有比により銅赤色〜黄色〜白色〜灰色と様々な色を持つもののようです。10円玉は錫の含有量が少ない部類で、釣鐘やブロンズ像が中間、古代の青銅鏡などがもっとも多く錫を含んでいます。
黄銅は銅に30%ほどの亜鉛を混ぜたもので、5円玉がまさにそれです。別名真鍮、英語で言えばbrassですからブラスバンドの金管楽器はほぼこれで出来ています。磨き上げている間は美しいものですが、磨くのを怠ったときはわりとすみやかに汚らしくなるのは皆さんご存知だと思います。
白銅は銅に25%程度ニッケルを混ぜたもので旧500円玉や100円玉がそれです。
赤銅というのは銅95%、金4%、銀1%を混ぜたもので、紫黒色の装飾品に使われる金属だそうです。これについては詳しくありません。赤銅色という言葉にだけ残っているもののようです。

私も、にわか冶金学を修めるにつれて、ちょっと冷静になってきました。
黄銅貨の5円玉は初めから黄色いものですが、激しく錆びているものもあまり見たことがありません。
却って、錆びにくいはずの錫を混入した10円青銅貨のほうが、茶色に変色しているのが当たり前になっています。合金というのは材料の金属を超えた違った性質を持つこともあるようです。
造幣局の言うニッケル黄銅とは、黄銅と白銅の中間の性質を持つもののようです。
これに似たものに洋銀というのがあって、銅50%、ニッケル25%、亜鉛25%という組成になっています。美しい銀白色をしており、これでできた食器もあるそうです。
大蔵省のお返事に「耐食性を向上させる合金元素であるニッケルを可能な限り増やした」とあることから、新500円玉の材料はこの洋銀を目指したものらしいのですが、いったいどんな制約があったのでしょうね。コストの問題からいえばニッケルそのもので出来た、磁石にくっつく貨幣も最近まであったのですが。第一目的が色をつけたかったというなら私が問題にしているのはまさにそこでしょう。
新500円玉が5円玉と100円玉のよい性質ばかりを受け継いでくれればよいのですが、その先は全国民による耐久テストを待つのみです。

私の疑念を立証するために、旧500円玉と新500円玉で電池を作る実験をしてみました。

金属の錆びやすさはイオン化傾向と関係があり、イオン化傾向の異なる金属を電解質の水溶液を隔てて向き合わせればイオン化傾向の違い分だけ電圧を発生します。
材料は旧500円玉10枚と新500円玉10枚です、食塩水を染ませたティッシュペーパーを挟んで新旧500円玉一枚ずつで対になるように10段重ねました。平成のボルタ電池です。10段も重ねればLEDを光らせることもできるかも知れないと思っていたのですが、失敗でした。LEDに電流を流すことができる最低の電圧に達しなかったようです。

一旦はここで観念したのですが、科学の徒である私は「わかりませんでした」では済まされなくなって、後日(今日)デジタルテスターを買いに走ってしまいました。
何とお釣りにもらった小銭の中に問題の新500円玉が。私が新500円玉の流通するのを見たのはこれが初めてでした。

さあ、改めて実験を始めます。

食塩は多めに入れてよくかき混ぜます。ティッシュペーパーははみ出さないように縁を折り込みますが、上下の硬貨が接触しないように気をつけて折り込まなければなりません。
今度は新旧一対の組み合わせが出来るたびにユニットごとの電圧を計って導通不良や貨幣同士の接触がないか確かめながら進めます。
だいたい1ユニットあたり60mVぐらいの電圧を持っているようです。テスターを電流μAレンジにしてあててみると瞬間的に3μAほど流れますがすぐ1μAまで落ちてしまい、電流を流す能力は全くないようです。奇妙なことに予定されていたのと反対の電位(新500円の方がプラス150mVぐらいになる)を持つものがいくつかありました。
これは慎重にやれば面白いことが見つかるかもしれません。

用意した新500円玉は10枚で、旧500円玉は奥様のへそくり貯金箱から拝借しています。(深夜なのでバレる気遣いはありません)
あらためてユニットに番号を付け、怪しいユニットがどれなのかつきとめます。ユニットごとの電圧はこのようになりました。テスターをあててから3秒程度たったやや安定したところを読んでいます。それ以降は電圧はじわじわ下がっていきます。

ユニット年号電圧(mV)
S5848
S5950
S59−260
S6145
S6440
H250
H638
H950
H9−90
10H1055

どうやら年号と電圧には相関がないので電圧異常の原因は合金の成分が変わったとかいう理由ではないようです。
9番ユニットは旧500円玉の方を裏返したら電圧が+57mVに改善したので錆びか何か表面の荒れが関係していたようです。
3番ユニットは旧500円玉を裏返しても交換しても電圧が変わらなかったので、新500円玉の方に異常があるという結論に達しました。これは早速お釣りにもらった500円を代打に起用して+75mVのユニットにしました。
これを全部重ねて総額10000円にしたら508mV(0.5V)程度の電圧が得られそうです。

実際に重ねてみたら300mVぐらいの電圧が見られました。ティッシュのはみ出した部分を隣のユニットに触れないよう直したら350mVを得ました。いくつかはユニット同士の間に食塩水がはさまって逆向きの電池を作っていたのかもしれません。
この電圧・電流の特性を見ればLEDを光らせる能力がなかったのも納得できます。

逆向きの起電力を持つ3番ユニットを実験後バラして他の新500円玉と比べてみたら、わずかですが、一番くすんだ色をしています。裏返してユニットを作ると正常な電圧を得ました。
今回の実験は全て銀行で新品の500円玉に替えてきています。表面に錆びがつくと、イオン化傾向が改善するのでしょうか。

せっかく道具がそろっているので、この際他の貨幣の電位差も計ってみました。
まず期待の10円玉対1円玉(アルミ)、550mVもあります。電流も1mA流れます。1.5V、70mAぐらいでLEDが点灯できるとすると2310円ぐらいでLEDの光るのを見ることができるでしょうか。ただし、数秒間だけだと思います。食塩水中を移動してきたイオンが電子を放出すると電極の周りに塩素や水素のガスとなってたまり、それ以上のイオンの移動を妨げてしまうからです。実用の電池は触媒や化学物質でこの問題を解決しています。
次は10円玉対5円玉(黄銅)、50mVでした。なかなか優秀です。
10円玉対1オーストラリアドル(黄銅のように見えます)、150mVでした。5円玉とは違った材料のようです。
10円玉対25¢(白銅の色ですが、なぜかすべて縁に銅の色がついているので不思議に思っていました)、100mVでした。見かけに反して白銅ではないようです。
10円玉対100円玉(白銅)、−50mV。お、10円玉より電位が高いのはイオン化傾向が低い=錆びにくいということになります。
10円玉対旧500円玉(白銅)、−100mV。横綱です。魔法です。私の化学の常識を覆してしまいましたが、これが冶金学の常識なのかも知れません。
10円玉対新500円玉(ニッケル黄銅)、−30mV。先に行った新旧500円玉による電位差と符合する結果となりました。イオン化傾向を見る限り及第点であるといえるでしょう。
たとえ8%といえども、ニッケルを含む合金の性質には侮れないものがあるようです。

降参です。ここはひとつ、大蔵省の研究成果を受け入れるしかないようです。
淡い金色の新貨幣は、3年もすれば日本中に行き渡り、自然に黄色を濃くしながら初めからそんな色だったような顔をして居座るでしょう。(10円青銅貨が常にピカピカでないのと同じように)

でも、やっぱり最高額貨幣が亜鉛20%というのはなんだか口惜しいのです。
1000円玉を作るときには銀貨にしてくださいね。たとえ3000円で販売されてもいいから。お願いします。大蔵省さま。


写真はアメリカの1ドル銀貨”SILVER EAGLE”

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