「栽培」を新しい視点で
1.はじめに
新教育課程では,必修となった「生物育成に関する技術」を指導していく必要がある。しかし,新しい教科書の内容は,従来の「栽培」に「飼育」が加わっただけの内容になっている。近年,多量の肥料や農薬,そしてエネルギーをつぎ込んできた今までの農業が疑問視され,環境に優しく,持続可能な,様々な農業が試みられている。これからの技術・家庭科においては,このような新しい視点に立った生物育成技術の指導が求められるものと思う。
2.耕さない栽培=不耕起栽培
植物の育成に適した土はもちろん団粒構造の土である。従来の常識では有機質を入れて耕すことで団粒構造ができるとされてきたが,実は不耕起栽培のほうが団粒構造が発達する。不耕起栽培では,土壌中に張った根がゆっくりと分解して根穴ができ,空気や水分を通す路ができるのである。耕起栽培では多くの酸素が土中に入ることで,好気性のバクテリアが増殖し,有機質を消費してしまうため,土地は逆に痩せてしまう。
3.草を取らない栽培
古来より作物の栽培は雑草との戦いであるとされ,農家が雑草をのばしたままにしていると,近所から悪く言われることがある。しかし,雑草には地面の温度上昇を抑え,余分な肥料分を吸収してくれるはたらきがある。また,多種類の雑草には多種類のバクテリアが集まり,土づくりに大きな役割を果たしている。自然農法(栽培)では耕さない,除草しない,肥料を与えない,農薬を使用しないが原則であるが,除草の程度については実践者によって違いがあるようだ。草取りは必要最小限にし,取った草は作物の株元に敷いて,有機質マルチとして利用する方法もある。
4.農薬を使わない栽培・・・コンパニオンプランツの利用
混植すると互いに良い影響を与えあう植物同士をコンパニオンプランツと呼ぶ。コンパニオンプランツを利用すると,病害虫を忌避したり,天敵を集め育てたりすることにより,農薬に頼らない栽培をすることができる。例えば,ニンジンとエダマメをいっしょに植えると,エダマメがニンジンの害虫であるアゲハ蝶の幼虫を忌避し,ニンジンがエダマメの害虫であるカメムシを忌避する。また,タマネギとクリムソンクローバーをいっしょに植えると,クリムソンクローバーの花にはタマネギの害虫であるスリップスやアブラムシが繁殖する。そして,天敵がこれを餌にして繁殖するため,タマネギをスリップスやアブラムシから守ることができる。そもそも自然の状態では,ある種類の害虫だけが異常に繁殖することはありえない。
5.肥料を与えない栽培
無肥料栽培とは,化学肥料だけでなく有機肥料を一切使用しないで,土壌と作物そのものがもつ本来の力を発揮させることで作物を育てる栽培である。化学肥料を与えない栽培というと有機栽培がまず思いつくが,有機栽培であれば安全というわけではない。特に未完熟の堆肥などからは硝酸態窒素が発生し,かえって危険である。路地栽培では肥料を与えすぎることの方が害が大きく,まったく与えない方が太い根が育つ。ただし,作物にあった土壌を作るには時間がかかる。実践者よって,マメ科植物や腐葉土などは利用する場合もある。
6.生態系を守るための生物育成
生物育成の技術では,環境問題や食糧問題などにも配慮し,持続可能な未来を目指すものであるべきである。
新しい教科書では「飼育」の例として乳牛の畜産に関する記述が載るようであるが,実は家畜を飼って乳製品や肉を生産することは,穀物やエネルギーの無駄遣いであり,食料危機をまねくものでもある。畜産物を1kg生産するためには、その何倍もの穀物が必要となる。穀物が先進国の飼料用として使われるために途上国の食料が足らなっている現実があり,タンパク質は大豆などの植物から摂取するべきだという意見もある。
生物育成=生産ということにとらわれず,生物の多様性や環境を守るための生物育成という考え方があってもよいのではないか。校内に水辺を作ってメダカを飼育するなど,学校ビオトープづくりなども,その一つの方法であると思う。
ここ数年,蜂群崩壊症候群によって世界的に西洋ミツバチが消滅し,農作物の受粉が問題となっている。しかし,日本ミツバチには蜂群崩壊症候群が起こってない。日本ミツバチの飼育を学校で行うことは難しいが,野生の日本ミツバチを増やすために養蜂植物を栽培するような実践も考えられる。
<参考文献>
『家庭菜園の不耕起栽培』水口文夫(農文協)
『新しい不耕起イネつくり』岩澤信夫(農文協)
『自然農法』福岡正信(春秋社)
『自然農・栽培の手引き』川口由一/鏡山悦子(南方新社)
『コンパニオンプランツ』木嶋利男(家の光協会)
『リンゴが教えてくれたこと』木村秋則(日本経済新聞種出版社)
『ホームビオトープ入門』(農文協)
『ニホンミツバチが日本の農業を救う』久志冨士男(高文研)
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