向山洋一教育実践原理原則研究論文/学級経営/やんちゃ坊主
          

早急な対策こそいじめを解決する最高の手段である
―私が解決した発見しにくかった「あるいじめ事件」― 

  岡山県津山市立北小学校    岡田健治

  一、電話一本から始まる

 今から十数年前の事である。私は、とある小学校の六年生担任だった。五月のある日のことである。夜も、九時をまわり、私は風呂からあがった所だった。その時、突然電話がなった。
 「もしもし。A男の父ですが。先生、うちの子がいじめられているのをご存じですか。」「はぁ?」と私は答えるしかなかった。
 と言うのも、A君は前学年ではクラスのやんちゃ坊主集団に属し、授業妨害やエスケープをくり返していた。いじめも「される側」より「する側」だったからである。 
 つまり、私の中に、「A君はいじめられるかもしれない」という「心の準備」が全くなかったのである。 それどころか、私は、「A君がいじめをしないように眼を光らせねば」と思い、おとなしいS子に対するA君らの態度ばかり観察していたのである。
 六年になったA君は、やんちゃ坊主仲間とクラスも離れ、気分を入れ替えて生活態度を一変させていた。学習態度も良く、周りを驚かせていた。
 「A君が、いじめられているのですか?それでA君は、誰に何をされたのですか。」と私は訝りながら尋ねた。私は、内心(A君が父親にでまかせを言ったのだろう)とも思っていた。
 父親の話をまとめると次のようだった。
 同じクラスのB君に四月始めから、休憩時間に殴る蹴るの暴力をふるわれたり、剣道のスポーツ少年団活動の時、ジュースやおやつの使い「パシリ」をさせられている。服が破られたりもしている。周りの友達は、B君が怖いので皆見て見ぬふりをしている。本人は、「親に言い付けたことがB君に知れると『弱虫』だと思われて、一層ひどい目にあわされるかもしれないので、表ざたになったら学校に行かない。」と言っている。B君とは、五年生の時はクラスが違い、このようなトラブルは全くなかった。以上が概略である。
 この話を聞いても、本当に事実なのかと我が耳を疑った。私の前では、一切このような事は見られなかったし、B君とA君は同じ係にも入り、仲が良いように思えていたのである。昼の休憩時間には、他の大勢の子ども達と一緒にB君とA君は外で元気にドッジボールをして毎日遊んでいたのだった。
 B君は、クラスで暴力をふるう事もなく、私や他の教師に対しても反抗的な態度は全くなく、「素直で明るい人気者」といった感じを私は持っていた。

 二、いじめの構造を破壊する

 私は、学期はじめから「いじめは絶対に許しません。」というスローガンを教室に掲げ、人権を保障する学級経営をしてきたつもりだった。しかし、いじめは私の鈍感な目には全く見えずに進行していた。
 発見することができなかったことは極めて残念であるが、いつまでも悔やんでばかりいられない。すぐに解決に乗りださねばならない。
 私は、次のような手順で解決に乗り出すことにした。
o 他の子どもに知れないようにA君に会い父親の話が事実かどうか確認する。
p 破られた服を預かる。
q A君やB君と一緒に遊んだり、スポーツ少年団が同じC君から様子を聞く。
r 私がいない時の教室での様子をD子に聞く。
s 事実が確認できた段階で、学級で全体指 導をしてB君を追及し反省を促し、和解をさせる。
t B君の保護者に電話で経過を報告し、破られた服の弁償をしてもらう。
u A君の保護者に電話で経過を報告 する。
v A君とB君の様子を継続的に観察する。 
 以上の手順を踏んで行く中で、A君が言っている、「自分が父親に報告したことが、B君に知れると二度と学校に行かない。」という条件を何とかクリアーしなくてはならない。
 また、他の子がB君から新たないじめのターゲットにならないために、他の子どもが私と話している様子をB君に悟られないようにするのに私は気をつかった。
 子ども達は、いじめの事実を異口同音に認めた。
 私が、「どうして先生にもっと早く教えてくれなかったの?」と尋ねると、C君らは皆、「告げ口がばれた後、自分もされるであろう報復が怖かった。」と言った。教室でA君が暴力を受けたのを見ていたD子は、「じゃれたり、プロレスごっこをしていると思った。A君も笑っていた。仲がいいものと思っていた。」と言った。
 事実確認ができた時点で、いよいよ学級で一斉指導をすることにした。
 教室は、いつもと変わりなく暗い雰囲気はなかった。このクラスに私が知らないうちにいじめが進行しているとは信じがたい気もした。
 私は教卓の前に立ち、切り出した。
 君たちの中で、特定の人を叩いたり蹴ったりするような暴力をふるったり、使い「パシリ」をさせたりしたことがある人は起立しなさい。四月から今日までの間です。一度でもです。
 ガタガタと音がして三人の男子が起立した。その中に問題のB君はいなかった。私は、畳み掛けるように付け加えた。
 「後でばれると大変な事になります。今こそ自分のやったことを反省して素直に起立しなさい。」
 B君は、緊張したような表情で周りをキョロキョロ見渡し、自分を指さして「俺もかなあ。」と言いながら立った。B君は自己評価によって起立したわけだから、この時点で「誰が告げ口をしたのか。」という無用な詮索や逆恨みは無くなったわけである。
 私は、前身全霊をあげて言った。
 「先生も皆も人間です。神様ではありません。間違いを犯す事もあります。悪かったと心から素直に反省して改めれば皆も先生も許します。神様も許します。反省せずこのまま人の道に外れた事を繰り返すのなら誰からも許されません。さあ、一人一人自分がしたことを全て言いなさい。」 
 子ども達は、私のすごい権幕に押されたように、自分がやったことを順に言いだした。
 B君以外は、いじめとも言えないような些細なことだった。
 「今、悪いことをしてしまったと思う人の所へ言って謝りなさい。」
と私が言うと、それぞれ謝っていった。中には、半泣きの子もいた。
 いよいよB君の番が来た。
「僕も、A君を叩いたことがある。」
呟くようにいった時、すかさす私は厳しい口調で問い詰めた。
「いつから、何回やったんだ!」
「四月から二十回くらいです。」
「服は破いてないのか。」
「破りました。」
「君は、A君がどれほど苦しい思いをしたのか分かるのか。」
「……」
 こうしたやり取りが延々と続いた。私の迫力に押されたのか、B君は泣きながらA君の机のそばに行って謝った。
 その後、私はB君に手を差し伸べて握手した。
「よく反省したね。先生もみんなも心の底から反省した君のことを許すよ。もう、二度といじめをしてはいけないよ。」 
 教室の張り詰めた空気が緩んでいくのがわかった。

 三、失敗から学ぶ

 それでは、この「いじめ事件」から学ぶ事は、どのようなことがあるだろうか。
 まず、いじめ撲滅のスローガンを掲げても、「いじめは必ず起こるものだ」ということを頭にたたき込んでおきたい。「自分のクラスは、大丈夫だ。」と言うような慢心が今回の「いじめ事件」を生んだのだと思う。
 次に、この事件で学んだことは、「やんちゃ坊主」が、いじめられることもあるのだ。と言うことである。
 今まで私が出くわしたケースでは、極端に消極的な子や清潔感のない子、学力がふるわない子がいじめのターゲットになっていた。
 しかし、今回は「やんちゃ坊主」が被害にあっている。私は、この状況を「権力抗争」と分析している。つまり、やんちゃな男の子には新学年の始めに「番をはる」ことを目的にした、いじめやけんかが起きやすい傾向にあると私は考えているのである。
 B君は、前学年に隣のクラスで「番」をはっていたA君より力で優位に立とうとしたのではないだろうか。子どもは、無意識のうちに「弱肉強食」の構造をつくろうとするのである。
 教育技術法則化運動代表の向山洋一先生は、「いじめの構造を破壊せよ」(明治図書)で「いじめはどこでも発生するが、よい教師はすぐ解決します。
 「どうしてすぐ解決するのでしょう」という「いじめ解決の秘訣」について次のように述べている。
「それは『いじめを早期に発見する』からです。そして『すぐに手を打つ』からです。その上『やる手やる手』がつぼを得ているからです。 」
 私は、発見は遅れたが、事情聴取から一斉指導、保護者への電話までを約二時間で行った。これが、解決を早めたと私は考えている。
 その後A君とB君は日に日に仲良くなりすっかり事件は解決したのだった。
 
出典:ネタ開発


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詳しくは、向山洋一教育実践原理原則シリーズ(明治図書)向山洋一監修 岡田健治・小林幸雄編集 向山洋一教育実践原理原則研究会著をご高覧ください。