Radioactive?

-人形峠のレンガ-



ある日、ネット上でこんな告知を見つけました。
人形峠製レンガの頒布について
ちょうど我が家の狭い庭に敷き詰めるレンガを探していた私は、早速、告知に載っていた日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センターに電話してみました。

「数が少なくても譲ってもらえますか。」
「津山市辺りまでなら機構の車でご自宅まで配達できます。」
「いえいえ、今なら夏休みが取れますので取りに伺います。」
「それでは人形峠資料館に来てください。」
「じゃ、後日個数と取りにいく日をご連絡します。」
「どういう使い方をされるんですか。」
「庭に敷き詰めるつもりです。」

と、いうことで簡単に入手できることがわかりました。
人形峠のレンガは昨年製造が開始され、今年の春あたりから搬出・配布が始まっているようです。

このレンガは人形峠のウラン鉱山から出た採掘残土のうち、方面(かたも)地区に保管されていた約2700立方メートルの残土を材料として用いたものです。
人形峠でウラン鉱床が発見されたのは1955年、それからウラン鉱石の試掘と分布調査が行われましたが、本格的な商業利用はなされないまま鉱山としては閉山しました。その後1988年になって放射能を持った残土(総量45万立方メートル)の放置が明らかになりました。湯梨浜町方面地区の住民は地区内の残土について長期にわたり撤去交渉を続けてきましたが、ついに裁判を通じて撤去を実現させました。
方面地区の残土は3000立方メートル、うち290立方メートルは高レベルの放射能を持っていたのでアメリカに搬出して精錬し、残る約2700立方メートルを10万個のれんがに加工して販売及び関連施設で利用するという計画になりました。

ウラン残土の話は報道でたびたび目にしていましたが、揺れ動く処分先について私の感想は「しょせん自然から出た低レベルな放射性物質がどうしてそこまで問題になるのか?」というところでした。

ウラン残土をめぐる攻防は激しいものがありました。
住民としてはウラン採掘作業に従事した人も多く、健康被害を肌で感じていたことが根底にあり、地区内に残土の流出被害もあったことから粘り強く抗議運動を続けました。一方で元々それが埋まっていた岡山県は残土の搬入を拒否しました。
結局この問題の解決には20年の歳月と裁判、そして制裁金の力を必要としたのです。

放射線は自然界に普通に存在します。主として宇宙から降り注ぐもの、次は岩盤に自然に含まれるもの。どこにでもあるものですから防ぎようもありませんし、防ぐ必要もありません。ウラン残土にしたって、元々高レベルの放射能を持っているわけではないでしょう。地中に埋まっていたものを一旦掘り出してしまったら、優秀な科学者を結集した原子力機構が20年経ってもどうすることも出来ないような、そんな危険なものだったのでしょうか。

放射能の問題は、100かゼロかという問題ではなく、定量的な問題です。自然界に存在する放射線は関東地方より中国地方の方が2倍ほど多く、それを理由に人はこぞって関東地方に引っ越すべきだとは考えていません。
もっと気にしなければならないのは、放射能がわずかでも多いと危険がある。どんなコストをかけてもその危険を取り除かなければならないと、人々を煽る人たちがあることです。(断じて方面地区住民のことを言っているのではありません。その背後にあって自分たちのイデオロギー主張のために活動している方々のことを言っています。また、岡山県から出たものを岡山県に戻させない地域エゴにも疑問を感じます。)
そうした1の危険を100であるかのように誇張するヒステリックなイデオロギーがあれば、自分の仕事を防衛しようとする人たち(例えばここでは原子力開発機構の人たち)は、安全性を強調したいあまり1の危険が限りなくゼロであるように表現したがります。いうなれば薄い灰色は白であると強弁してしまいがちです。
科学的な見方をすれば、本当の危険とそれを取り去る正しい方法、それにかかるコストを天秤にかけて社会的な最適解を得ることは出来るような気がするのですが、なかなかそこに社会的な合意点が見出せない困難があります。

私個人としては、人形峠にウラン鉱床があること、ウラン濃縮プラントがある(あった)ことを誇りに思っています。
原子力発電はすでに私たちの使っている電力の大きな割合を占めていますし、それを開発してきた先人の叡智と努力には敬意を抱いています。人形峠はその先人の記念碑だと思います。
人形峠のレンガって、ある意味その記念碑の一部だと思います。
このレンガ、本当に危険なものでないのなら、そうした原子力開発の歴史とその反省のために自分の庭に設置するのもまた乙なものだろうと、そう思ったわけです。

予約どおり人形峠の資料館を訪れて、受付で総務課の人に取次ぎをお願いすると、早速数百m離れた峠の鳥取県側にあるレンガ製造工場に案内してくれました。

工場ではどんどんレンガを作っているようで、レンガがたくさんあり、人数はそう多くないようでしたが機械が動いている音がしていました。
レンガ配布の告知を見たときから気がついていたことですが、これは焼いて作ったレンガではありません。
ウラン残土をセメントで固めて着色したものなので、着色コンクリートブロックと言ったほうが正しいでしょう。
ま、焼いて作らなければレンガと呼んではいけないわけでもない(日干しレンガなんてものもある)のでそこはいいことにしましょう。
残土に含まれるウラン鉱物は人形石(という鉱物)と二次鉱物のりん灰ウラン鉱ですが、加熱すると結晶水を失って粉末状になり、強く加熱すると分解してウランを放出してしまうので、焼結レンガを作るわけにはいかなかったのでしょう。
私が購入したのは50個。手伝ってもらいながら出来たてのレンガを自分の車へ積み込みました。

1個90円(2000個超になると1個60円)という価格は一般のレンガと比べてちょっと価格競争力が弱い気がします。
例えば交互に積む時の端っこ用に長さ半分のレンガを作るとか、色にバリエーションを持たせるとか、何か付加価値がないと一般のレンガとの競争力がないように思います。


さて、家に帰って早速放射能測定です。
我が家のガイガーカウンタは秋月電子通商のAE-GEIGERですから、自然の状態では10分あたり10〜30カウントしか放射線を検知しません。驚くべき低性能です。(詳しくはRadioactive!の記事をご覧下さい)
さて、レンガの山に取り囲まれるように設置されたAE-GEIGERは。

ぅわ。自然放射線の2倍をカウントしてしまいました。
何度測定してもこの傾向は同じです。自然状態でこんな多いカウントは見たことがありません。
次にレンガ1個ずつを次々と測ってみたら、通常25カウント/10分ぐらいのところを27とか29のカウントを示しました。
レンガ5個ずつで複数組測ってみたら35カウント/10分程度を示します。
どうやら50個のレンガの中に当たりのレンガがいくつか混ざっているのではなくて、全てのレンガが平均して放射能を持っているようです。

次に100円ショップのダイソーでブラックライトを買ってきて(詳しくはポケット・ブラック・ライトの記事をご覧下さい)レンガの裏表を1個ずつ丹念に調べてみましたが、とりたてて蛍光を発しているような点は見つかりませんでした。(あったらウラン鉱物なので素敵なんですけどね)

この放射能レベルというのは、レンガにくるまって寝るとか、煎じて飲むとかいった馬鹿なシチュエーションを考えない限り危険なものではありません。
ラドン…たぶんこんなの

但し、このレンガからは放射性核種の崩壊により放射能を持ったラドンが放出されます。
ラドンを吸入することによって被曝する、内部被曝は人間にとってわりと大きな要因を占めていますし、実際危険でもあります。
もっとも、ラドンが発生するものが危険というよりも密閉性の高い建物に住んでいて地中から染み出したラドンと一緒に暮らしていることが危険につながっており、大多数の人にこれはあてはまります。
ラドンの危険はウラン鉱山や残土の存在がなくても、換気の悪い室内で生活するという誰にでもありがちな環境で生じるものです。
これで、原子力機構の人が「どういう使い方をされるんですか。」と問い合わせの時も予約の時も引き取りのときもクドクドと尋ねた質問の意味がやっとわかりました。
このレンガを屋内で使用・保管することは危険です。もちろんこれで家を建てて住んだりしてはいけません。
「どういう使い方をされるんですか?」と訊いて建物を建てるとか屋内で使うとか答えた人に限って「それは避けてください。」というアドバイスがいただけるということのようです。

1個90円では何か付加価値がないと価格競争力がない、と先程書きましたが、これはそんじょそこらのレンガとは違います。
健康に悪影響がない程度に平均して放射能を帯びたものが1個90円で民間に販売されているなんて、考えようによればまたとない付加価値なんじゃないでしょうか。
例えば、半減期45億年の極めて安定した低レベル放射能の放射線源として、理科系の学科のある高校や大学には是非とも100個ずつぐらい備え付けて欲しい貴重な教材です。
ホルミシス効果といって低線量の放射線をたまに浴びるのは免疫機能を活性化させ、むしろ健康に良いとされています。ラジウム温泉などがその効果を謳っていますが、このレンガを庭に敷けばラジウム庭の出来上がりです。
殺したいぐらい憎い相手の寝室に設置すれば、長期的にはターゲットの肺がん発生率を数倍に引き上げることが出来る、極めて控えめな核兵器にもなります。(もっとも、ラドンはどこでも常に地面から染み出して来ていますから、単に換気の悪い低層階の家ではどこでも誰でも同様の危険があります。)

以上のようなことを調べ、理解した上で私はこのレンガを入手したことを後悔していません。
庭の縁飾りとしてこの天然記念物をずっと使い続けることでしょう。ただ、買い増して庭全面をこのレンガで覆うということも躊躇されます。
これを通して体験したかった「核嫌いイデオロギー」と「仕事を守りたい原子力産業」の相剋については、
  1. 我が家に届いたレンガが確かにいくらかの放射能を帯びていたこと
  2. そうであればその原料となる残土には看過できない放射能があったであろうこと
  3. このレンガの主な危険はそれが出す放射線ではなく、長期にわたって染み出してくるラドンによるものであること
  4. 原子力機構はその危険について私に告知しなかったこと
という一連の経験と知識を得ました。
方面地区の住民が戦い続けたことはもっともなことだと思います。一方で残土の搬入を拒否し続けた岡山県知事の立場はわかりますがエゴとよばれても仕方がありません。
核嫌いイデオロギーの方々はこのレンガのことも嫌いですが、このレンガは使い方を誤らなければそれほどの危険はないことを私も保証します。
但し、原子力機構の方は私に3度も使用用途を尋ねた上で、このレンガを屋内で使用してはいけないことを告げなかったのは落ち度というよりも隠蔽だと思います。

原子力開発というのは人類の叡智、科学の粋を集約した極致なのです。そして科学は事実を正確にとらえ、情報を共有してこそ真価を発揮するものだと私は信じています。
そこにちっぽけな隠蔽が生じれば、それの反作用として核嫌いイデオロギーが生まれ、何が危険で何が安全かわからなくなってしまうのです。人類の叡智がすることではありません。

さあ、皆さんこの期間限定の人形峠製レンガを購入して、人類の叡智と放射能の恐怖、それらを止揚する正しい科学的知識について体験してみませんか。
最近、東海村方面からこのページにお越しの方がありますので、ちょっと付記しておきます。
…と書こうとしたら、この5月28日にTBSの報道特集でこの話題が取り上げられたんですね。
報道特集では、念入りに取材をした上で、レンガがいくらかの放射能を持っていることを確認し、賛否の両論を紹介した上で、レンガが危険か否かの判断は下しませんでした。

上の記事では、このレンガを室内で使ってはいけない理由について、ラドンの放出があることを強調していますが、JAEAの公式見解としては「放射線量を1日8時間として人体影響を評価しているから、1日24時間お付き合いする場所で設置するのは適当ではない。」とされていることを新聞記事で読んだ記憶があります。
あと、バーベキューコンロなどに使うと、加熱された時に中の水分が行き場を失って破裂することがごくまれに予想されます。これはウラン残土とは無関係の特性です。
これらの禁則事項が「建築物の壁・柱等の躯体、窯・暖炉・断熱材には適していません。」という注意書きに凝縮されているわけですね。

我が家のレンガが参院議長の庭とおそろいというのは光栄ですが、
室内花壇に使うのは蛮勇ではないかと思われます。
(10.06.04追記)
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