TOSS向山洋一教育実践原理原則研究会  |  岡田健治の研究論文 |  岡田健治へメール |  TOSSランド

  向山洋一教育実践原理原則研究論文/6学年 社会 / 教材 黒船の来航/討論/

          我流の討論の授業を治療する
                           岡山県津山市立北小学校 岡田健治 


主な発問・指示

 アメリカは、どのようにして日本を開国させましたか。 


ペリーの目的は、つまり何なのですか。


日本は、開国して良かったのでしょうか。良くなかったのでしょうか。


日本は、開国した時に、外国征服される危険はあったでしょうか。無かったでしょうか。 


1.我流の「討論の授業」

 法則化運動に参加して以来、私は常に「討論の授業」をめざしてきた。そして、「討論の授業」に到るための、具体的な技術・方法を向山洋一氏、石黒修氏はじめ、多くの先輩方の著書から学ばせていただいた。
 しかし、学び方が甘かったために、「宝の山」に全く気づかず、我流のパターンに陥ってしまった。まず、その一例を以下に示す。
 一九九〇年六月、六年社会科の平安時代の授業の様子である。
授業開始後、左のイラストをOHPにより提示し、発問した。
  

平安貴族は、なぜ「十二単」を着たの だろうか。


 発問は板書し、ノートに視写させた。出てきた予想は、次の三つであった。
@おしゃれ説(20人)…重ねて着ると、とても美しいから。
A身分迫力説(13人)…位が高い人ほど、たくさん着たのではないか。
B温度調節説(1人)…着たり脱いだりして、厚さ寒さを調節したのだ。
意見が、出そろった所で、討論を促すべく指示した。

 それでは、討論しましょう。


 子ども達は、次のように発言した。
・下に着ている着物は、ほどんど見えない ので、 おしゃれに反対です。
・私は、身分迫力説に賛成です。たくさん 着ると とても豪華です。
・温度調節だとしたら、今でもすると思う。 でも、今どきこんな着物は着ていない。
 ちなみに、子ども達は、全員前の黒板の方へ向いて席に着いていた。発表の指名は、挙手した子を私が指名した。
 発言については、「思う」と「考える」を区別し、「考える」は根拠を伴う場合に使わせた。発言者は、約二〇パーセントの活発な児童のみであった。 

 
2.慢性的我流パターンを治療する
 
 先に示した授業のどこをどう治療したら、討論が白熱した授業になるのだろうか。また、なぜ、「討論の授業」をうまく組織できないのだろうか。少々、発言者が偏っても、仕方がないのだろうか。
 とんでもない話である。今、再度、向山氏・石黒氏の著書物を熟読すると良くない点が、実に明確に見えてくるのである。以下に、症状別に治療法を述べていくことにスする。

《症状1》 机を向かい合わせに していない。

向山氏は、

討論の授業をするのなら、まず机を向かい合わせにしなさい。

と言われる。
 しかし、私は、この大切さがわかっていなかった。子ども達が、前を向いていないと、集中力が散漫になるのではないかという疑いを無意識のうちに持っていたのである。
 大人でも、顔を見ずに話すことができにくい点を考えればよい。机をコの字にするだけで、討論は、随分と熱を帯びてくるのものである。

《症状2》教師が指名している。

 向山氏は、討論の授業の第一歩として社会科授業「水道」で、次のように指示している。

 今度から発表のときは、先生はさしませんから、自分から立って発表してください。発表し終わったら、次のだれかが立って発表します。もしか、そのとき人がいっぱい立った
 らば遠慮してすわってください。必ず発表できますから大丈夫です。どの人も必ず一回発表してもらいます。

 私は、授業中の指名について、(教師が、指名を組織するのだ。言いたげな子どもの表情を見取って、すかさず指名する。これこそプロの技だ。)というような固定観念を持ち続けていた。私は、向山氏の通り指示しみて実に驚いた。子ども達は、間髪入れずにどんどん発表するではないか。小林幸雄氏は、早くからこの点に注目しており、再三私にこの良さを語っていた。半信半疑だった私も、今はこの方法の虜である。

《症状3》 発表↓討論↓論争を 区別していない。

向山洋一氏が、『国語教育』No.三七二で、
 
 

四つか五つぐらいの意見が出さ れる。最もちがうものを一つだけ選ばせ討論させる。(正しいと思うものを聞いていては、駄目だ。混乱する。)一つ一つ削除していって(整理していって)最後に残った二つの意見を論争させるのである。これなら、大きな論争になる。

と述べている。石黒氏は、

討論の授業を組み立てるためには、発表・討論・論争を区別することが不可欠である。

と『討論の授業入門』(明治図書)で主張している。
 私は、この点が曖昧であった。発表の途中に反論したり、つぶし合いの時に賛成意見を発表したりすることを許していたのだ。
 まず発表。そして、討論でつぶし合い、二つの対立する意見に絞る。それから論争である。先の私の実践例なら、Aの身分迫力説とBの温度調節説に絞って、論争すればよいだろう。

《症状4》「論」をつくりあげていない。

石黒氏は、前掲書で「意見」を「論」につくりあげることの重要性を指摘している。そして、「論」をつくりあげる方法として、


 1.検討する時間を十分とること。
 2.自分以外の「意見」をとり入れること。

を掲げている。これは極めて大切な点である。私は討論を急ぐあまり、じっくり子ども達に考えさせて、「意見」を「論」につくりあげさせることができていなかったのだ。
 「雪国のくらし」の向山氏の授業では、向山氏が「雪国では、雪が多くて学校へ行けないのではないか。」と子どもから出た疑問を発問すると、子ども達は一斉に席を離れ、友達と意見交換をしたり、資料や教科書、辞典などを調べ「論」づくりに励んでいる。しかも、私の想像を絶するくらい長い時間である。それから、論争が始まり白熱して行ったのである。
 先の私の実践例を改善するなら、次のように指示するのも一つの方法である。

何を調べてもよろしい。誰と話し合ってもよろしい。作戦を立てなさい。

大人でも知識のないことで討論に臨む気にはなれない。教師は、「意見」を「論」につくり上げさせるように心したいものである。

1.授業とは何か。
 向山洋一先生は、「授業とは何か」という事について、次のように述べられている。

授業とは、子どもの内部情報をある視点から組み立て直し、より高度なもの、より高次なものにつくっていく作業である。

 授業とは、子どもの内部情報をある視点から組み立て直し、より高度なもの、より高次なものにつくっていく作業である。
 これを私ども向山洋一教育実践原理原則研究会では、

「内部情報蓄積・再構成の原理原則」

と呼んでいるが、極めて重要な原理原則である。
 つまり、「子どもの内部情報をある視点から組み立て直す」ということが、内部情報の「蓄積」に当たり、「より高度なもの、高次なものにつくっていく作業」が「再構成」に当たる。

2.国語の発問構成で社会科授業を
 さて、この「内部情報蓄積・再構成の原理原則」を頭に入れて、向山先生が「国語の授業が楽しくなる」(明治図書)の中で発表されている「ふるさとの木の葉の駅」の授業覚え書きを見てみると次のような仮説が導き出せるのである。

1    2    3    4
朗読 問答 伏線 中心(発問)

つまり、向山先生は、朗読と問答によって、子どもの内部情報を高め、伏線と中心発問により再構成しているのではないだろうか。ただし、伏線は、蓄積の面もいくぶんあるかもしれない。
 私は、「内部情報の蓄積・再構成」のさせ方は・仕方は様々あり、その中の一つとして、「朗読・問答・伏線・中心」があるのではないだろうか、と考えるのである。
 このことを確かめるために、私は国語「ふるさとの木の葉の駅」の発問構成を用いて、社会「黒船来航」の授業を組み立ててみた。
 以下にご紹介する。
 石黒修先生は、「教育トークライン」の連載「明日の授業に役立つ『向山型討論の授業』入門」の中で「問答・伏線・中心発問」について、向山先生の言葉を中心に次のようにまとめられている。 問答…あっさりと、基本的なことを整理する。    教師の思考ラインに沿って、子ども達をひきつけ、中心発問に耐えられる所にまでつれていく。
 伏線…「ちょっとむずかしい問題」をだしておいて、「答を出さなくていい」という。
 子どもの思考を柔軟にし、中心発問への糸口を自然につけさせていく大切な発問。
中心…十分討論に耐えられる発問こそが「中心」発問となれるのである。
 次に示すのが、向山実践「ふるさとの木の葉の駅」の発問構成を応用した、6年社会「黒船の来航」の本時案である。
 まず、前時の終わりに、「次の時間の始めに、『アメリカがどのようにして、日本を開国させたのか』をたずねますから、調べておいてください」と指示をしておく。
 そして、授業開始。まず、問答発問として、

 アメリカは、どのようにして日本を開国させましたか。 

をたずねる。まず列指名を十数人して、ごく基本的なことが発表される。浦賀にやってきたとか、黒船で来たこと、大砲を鳴らしたとか、ペリーが率いていたなどである。次に「また調べてきた来た人は、自由に立って発表しましょう。」と指示し、どんどん発表させる。
 次に、伏線発表として、

ペリーの目的は、つまり何なのですか。

と発問し、『ペリーの目的が開港と食料、燃料の補給』ということをまとめ、もう一つあることをほのめかしておく。
 この後、OHPにより、ペリーの持って来た土産を紹介し、いよいよ中心発問をする。

日本は、開国して良かったのでしょうか。良くなかったのでしょうか。

 予想と理由をノートに書かせて持って来させ、異なる意見を二分割して板書させた。そして、いよいよ討論に移った。
 人数分布を調べてみると、良かった派が4人で、良くなかった派が34人であった。これは、驚くべき事実である。
 良かった派は、いろいろな物が日本に入り豊かになったことなどを出した。また、良くなかった派からは、開国のせいで物価が値上がりしていること、下級武士の困窮、幕府が倒れたことなどが出された。良かった派は、幕府が倒れたから良かったという反論も出されてきた。
 討論の後、私は江戸〜現代までの既習の人口グラフを提示して「開国後、食料が安定して人口が急増している」という事を告げ、「先生は、開国して良かったと考えます」とつけ加えた。最後に

日本は、開国した時に、外国征服される危険はあったでしょうか。無かったでしょうか。 

とたずねてみた。大勢の子が、無かっただろうと答えた。ここで、「ペリーの江戸湾での航路」を提示して、ペリーの「もう一つの目的」を考えさせた。実は、ペリーの「もう一つの目的」とは、江戸幕府との戦争に備えて、江戸湾の地形・海の深さを測量することであったと、国学院大の樋口清之氏は主張している。そして、「当時アメリカは南北戦争、ロシアはクリミア戦争、イギリスはセポイの動乱や大平天国の乱の収拾に追われて、たまたま植民地化できなかったのです。」(『日本の歴史がわかる本』小和田哲男著より)と説明して授業を終えた。

3.討論の授業はシステムから
 私は今まで、討論が成立しない場合、発問や教材(ネタ)に欠陥があるとばかり考えてきた。しかし、「討論の授業のシステム」が確立できていないことにも、その原因があることに気づいたのだった。今後、一層の研究を深めたい。
 


6年社会に戻る  |向山洋一教育実践原理原則研究論文目次に戻る   |岡田健治研究論文目次に戻る