向山洋一教育実践原理原則研究論文/指名なし討論なし /分析批評/国語
          

  討論が白熱する向山型「分析批評」の授業

  岡山県津山市立北小学校    岡田健治

 一.向山型「分析批評」の授業とは
 
向山型「分析批評」の授業は、いつどのようにして生まれたのだろうか。このことについて、よくご存じの方もおられようが、概略を紹介しよう。向山洋一先生は、教育実習当時、国語の授業の骨格を次の二点であると考えられていた。

 @授業というのは論争の形になることをあこがれるんだ。
 Aその論争には、言葉の根拠が付きまとうべきなんだ。

 教育実習生の向山先生が考えられることは、すさまじい。感動重視の国語教育に対する大きな問題提起であったのだ。一九六七〜八年のことであろう。 以上のことは、「『分析批評』で授業を変える」(明治図書)に詳しい。
 やがて、向山氏は、「分析批評」の授業を上野高校でされていた井関義久氏に出会い大変なショックを受けている。

 一つの文学なり作品なりを、分析していったり解剖していったりするさいにてがかりになる一つの手続きが存
 在することを初めて知ったことが、ショックでした。(前掲書)  

 また、向山先生は、高校生が書いた作文のレベルの高さにもショックを受けている。
 それでは、そもそも「分析批評」とは、何であろうか。井関氏は、国文学者の小西甚一氏に師事されている。その小西氏は、米国スタンフォード大学で、ニュー・クリティシズム「新・批評」の理論をブラワー教授やカリフォルニア大学のマイナー教授らに学び、一九五八年に日本に持ち帰った。そして、小西氏が、「分析批評」と命名したのだった。小西氏が、持ち帰った「分析批評」は、十七世紀の英文学の影響を受けたものだそうで、「その研究方法は、作品の精密な分析を基礎とするもの(『批評の文法』改訂版小西氏序より)」であった。
 そして、向山先生が、日本で初めて小学校で、「分析批評」の授業を行うことになる。
 向山先生は、「話者」「視点」という二つの概念で「白いぼうし」の授業を行う。話者の視点である「目玉」を子ども達は書いて討論している。
 このように、向山型「分析批評」の授業は、向山洋一先生の教育実習生の頃からの構想に、外来の「分析批評」が合体して、1975年くらいに誕生したと考えられる。
 それでは、向山型「分析批評」の授業とは、一体何であろうか。この誕生の過程から、向山型「分析批評」の授業を支える要件を二つ仮定してみたい。

 仮定
 (1)討論の授業であり、その論争には、言葉の根拠がつきまとうこと。
 (2)分析批評の学習方法が存在すること。

 討論の授業を組み、かつその論争に、言葉の根拠がつきまとうためには、文章の検討を促す発問・指示をする必要がある。また、「色」「視点」「主題」「話者」などの分析批評の武器を子ども達に持たせ、いずれは、自らの力で作品を分析し、批評する学習方法が存在する必要もある。
 この二つの要件の仮定に基づいて、私の分析批評的国語授業を省みてみよう。文章を検討させていても、討論が無い授業。討論があっても、作品の本質から遊離した不毛なおしゃべりの授業。用語の指導はしていても、その目的があいまいな授業。どれも、我流で行き当たりばったりな指導に終始しているように思える。
 
  二.分析批評の二つのタイプ
 
 向山洋一先生は、『「分析批評」で授業を変える』の中で、分析批評の二つのタイプについて言及している。それは、一つの作品の全体の構造を見るという形での実践とある作品を解剖、分析していく手がかりを学ぶ実践である。
 そして、向山氏は、「作品全体を丸ごととらえてそれをどうするのか。テーマとのかかわりであるとか、作品全体とのかかわりであるとか、を扱う実践は誰かがやっていかなくちゃいけないわけです。私がやっていくんだと思っておりますけれど…。(前掲書)」と述べられている。 
 このように見てくると、向山型「分析批評」の授業とは、一言で言って何か、わかってくる思いがする。
 従来、ある作品を解剖・分析していく手がかりを学ぶ実践は、数多く集まり、それ自体たいへん画期的であった。しかし、作品全体の構造を見るという形での実践は、きわめて希有である。私が知っているのは、向山実践「桃花片」「やまなし」「ひょっとこ」のみである。
 これらを目標にして、向山型「分析批評」の授業の中から、原理原則を抽出し、応用しつつ研究を進めていく必要がある。

三.私と向山型「分析批評」の授業

 さて、私が向山型「分析批評」の授業に初めて出会ったのは、一九八六年の秋である。新卒四年目だった。
誰一人研究する仲間もなく、教材研究の方法を手ほどきしてくれる先輩にも恵まれない自らの環境を嘆いていた。しかし、授業をなんとかしたいとの思いで本屋をうろついていた。そんな時手にしたのが、向山洋一教育実践の数多くの書であった。
 今までに読んだ教育書は、指導のポイントが不明であったり、TCTを連発する追試不能なものばかりであった。向山氏の本に出会った私は、一挙に向山実践のとりこになったのである。
初めて、追試したのは、「国語の授業が楽しくなる」向山洋一著(明治図書)の「ごんぎつね」であった。「兵十は見る所を次、次、次とかえました。どのようにかわったのか、簡単に図に書きなさい。」と、いう発問だった。子ども達の授業への集中のすごさは、私を興奮させた。今までにない初めての経験だった。
 そして、「雪」「ふるさとの木の葉の駅」、「スイッチョ」…と、立て続けに追試していった。
 今、思うと、私が「分析批評」の授業を選んだ理由は、次の一点だったと思う。

 向山氏の発問・指示を追試すると、討論が白熱し、子ども達が知的に成長する。

 今までの、自分のくだらない授業との変貌に目を見張るものがあったのだ。向山氏の討論の授業に魅了されたのである。
現在までに、「分析批評」の授業に関する研究は大いに進められ、この研究に関する文献も数多く残っている。また、目下、新たに「分析批評研究会」が、発足し新潟の冨山一美氏を中心に活動が再燃している。本書に収録された論文の多くは、この研究会の研究成果である。


出典:分析批評トークライン


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詳しくは、向山洋一教育実践原理原則シリーズ(明治図書)向山洋一監修 岡田健治・小林幸雄編集 向山洋一教育実践原理原則研究会著をご高覧ください。