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一、指名なし討論の導入を分析
向山実践「雪国のくらし」の授業VTRをご覧になったことがあるだろうか。
向山学級での四年社会科授業の記録ビデオである。日時は、一九九〇年二月二三日である。
それでは、「雪国のくらし」の授業ビデオを分析してみよう。
まず授業が始まり、向山先生は黒板に雪国の写真を貼り、昨日までの授業の流れを説明した。
| 「昨日二枚の写真を見て、雪国の生活について考えてごらんなさいという問題でしたね。みんながいろいろ言って、今後調べて行くということが三つあって、(中略)。 今日は広岡君が出した、(写真を示して)こんなになっちゃうんじゃあ学校に行けないいんじゃあないかという問題で…」 |
この後、向山先生は、「雪国では、雪が多くて学校に行けないのではないか?」と板書した。
教師は、子どもの思考の流れを整理するために、授業の導入では丁寧に前時までの流れを説明し、かつ、問題を明確にしなくてはならないのだ。
そして、向山先生は、もう一枚スライドで写真を提示して次のように指示した。
| もう一回問題を言います。『雪国では、雪が多くて学校に行けないのではないか?』これに対して、勿論賛成もあるだろうし、反対もあるでしょうけれども、できるだけいろんな面から考えて、様々なことを考えて、証拠を出して話あってみてください。では、開始。 |
すると、一人の子が、「前に出ていいですか。」という質問をした。「どうぞ。」と向山先生が答えると、一斉に子ども達の何人かが、机から離れて前に出る。この時の教室の状態は、机は全員前を向いているが、教卓が取り払われているのである。机を向かえ合わせにするだけではなく、このような自由な形態も追試したい。
どの子もノートや筆記用具を持って移動している。そして、自分の机に座っている子もかなりおり、その子たちもやはりノート作業を開始する。どうやら、向山学級では、
| 「話し合ってみてください」と向山先生が指示すると席を自由に離れてノートに作業をするシステムになっている |
ようである。ふつう、話し合ってくださいと言うと、すぐに話し出すように思うが、ここが肝心なところである。
言いたいこともまとまっていないのに、討論を開始しても、浅い部分ですぐに途絶えてしまうのだ。
画面から伝わってくる子ども達のようすは、実に興味深い。
ある男の子達は、三〜四人集まって熱心に資料を検討している。また女の子は、文章を書いている。これは、箇条書きではなく、文章である。また、ある男の子は、自分の席で図を書いているのである。驚くことに、話をする子の声は、非常に小さく、教室全体にしっとりとした知的な集中があるのだ。その間、向山先生は、子ども達の中を回り、質問に答えたり、個々に話かけたりしている。この論づくりの時間は、約一三〜四分続いている。
二、指名なし討論の迫力
それでは、指名なし討論の始まりは、どうなるのだろうか。向山先生は、どのような指示をするのだろうかと見ていると、一人の子が前に出て、「言いたいんですけれど…、天気予報で大雪がふると出たら、寄宿舎に泊まるんじゃあないでしょうか。」と発言した。これで、討論の火ぶたは切って落とされた。 この後、次々に「指名なしの討論」が授業終わりまでずっと続くのである。ある子は、支持棒を持って黒板に貼ってある図を指し示しながら、説明する。また、ある子は、黒板に図を書きながら反論する。どの子も、教室の前の方に集まり床に座っていて、意見を発表する時は、「ハイ。」と言って少し挙手して立ち上がり、意見を述べる。その特徴は次の二点である。
| @ 一人一人の意見が長い。 A 人の意見をきちんと聞いていて、自分の論を展開している。 |
つまり、討論の質的レベルが極めて高いのである。子ども達の意見を分析すると、次のような言葉が多く使われていることが分かる。
・○○さんは、〜と言いましたけれど…
・そうですよね、○○さん。
・○○さんに聞きますが…。
・ハイ、○○君に説明します。
・もし〜ならば、…時はどうなるんですか。・でも、〜の場合もあるんじゃあないんですか。
・その事に対して、少し説明しておきます。・ちょっと話を変えるんですが…。
これらは、ほんの一部であるが、論と論の噛み合わせが素晴らしいのである。
ポツポツと単発に意見が出るようなのでは、とても討論とは言えないということがはっきりするのだ。
討論の参加者が、少し限られてきた所で、向山先生は、「二回以上話した人は、黙っててくだい。」と指示した。
すると、今度は、今まで発言していなかった子が発表する。面白いのは、女の子が、同時に三名で立って資料を示して口々に発表するのである。
最後は、向山先生が、「○○君で終わり」と言っても、発表したい子が後を立たず、「ハイ。じゃあ、結論だけいいなさい。」と指示して、猛烈なテンポで発表させたのだった。
以上、「雪国のくらし」の授業ビデオを分析して言えるのは、次のようなことである。
発問は、「AかBか」というふうに、明確に対立するものでなくてはならない。しかも、この発問は、資料や参考書に解が出ていて、すぐに分かるようなものでは話にならない。討論に耐え得るような発問で、かつ教材の本質を突いたものでなくてはならない。
そして、論を構築させるために、十分に時間をとって、子どもの内部情報を高めさせなくてはならない。その後で、論と論を高次なレベルで噛み合わせるのである。
しかし、どのように指導したら向山学級のように質の高い論と論の噛み合わせができるのか、今の所不明である。ここが、私の現在の課題なのである。
(「雪国のくらし」ビデオは、東京教育技術研究所で在庫切れとなっている。今後、再販される可能性もあるかも知れない。)
出典:教室ツーウェイ
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詳しくは、向山洋一教育実践原理原則シリーズ(明治図書)向山洋一監修 岡田健治・小林幸雄編集 向山洋一教育実践原理原則研究会著をご高覧ください。